ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
「まあ、いいです。社長が本気なのはわかってきました。仕事に支障がないならどうこう言いません。その芙美さんに今度紹介してくださいよ」
「ああ、もちろんだ」
「そろそろ寝ますか。明日も早い」
 どうにか百合岡にも俺の気持ちは伝わったようだ。帰国は明日。数日ぶりに芙美さんに会えるのが楽しみでならない。さらにプロポーズのことを考えるとドキドキする。
 ベッドに入っても楽しみすぎてなかなか寝付けなかった。

 翌日。家に帰ってインターフォンを鳴らすと何の反応もない。夜の二十時。芙美さんが家にいる時間だ。急な飲み会でもあったのだろうか。それならそういう連絡がきてもよさそうなもんなのに。
 部屋はいつもどおり片付いている。
 ただひとつ。リビングのテーブルに置手紙があった。

 【 探さないでください 芙美 】
 
 脳天をうたれたような衝撃を受けた。
 芙美さんがこの家にいない?
 じゃあ、彼女はどこに行くって言うんだ。
 実家のあの意地悪な義母と義妹がいるところに行ったとは考えられない。 

 探すなと言われて、はいそうですか、と探さずにいられるか。
 俺はすぐさまスマホで芙美さんのスマホに電話した。

 ところがつながらない。電源を切っている。
 なんで?そうまでして俺と離れる理由がなにかあったのか?
 考えろ、考えろ。
 ゆうきがいたときは三人で楽しくやれていた。
 俺とふたりきりになって改めて物足りなくなった?ここにいる理由を見失った?
 出張から帰ってきたらプロポーズしようと浮かれていた自分が馬鹿に見えた。
 こんなこと全く想定していなかった。

 少し冷静になって考えよう。芙美さんが行ける場所を考える。駅前のネットカフェやビジネスホテル。まさかと思うが探りをいれてみる。しかし、芙美さんのような女性はいないと言われる。
 例えいたとしても偽名を使っているかもしれない。
 それに俺は芙美さんの交友関係も全くわかっていない。幼稚園で仲良くしていた子は......確か竹本さんと言った。明日、どんぐり園に行って、竹本さんから芙美さんのことを訊くしかない。
 まだ夜の十時だ。明日の朝まで待っているのがもどかしい。今出来ることは他にないのか。
 そう思った瞬間、固定電話が鳴った。
 これに連絡してくるのは親くらいだ、と訝しながら電話を取る。
「あの篠崎さんのお宅でしょうか。私、芙美さんの同僚の竹本と言います」
 俺は目を見開いた。あさイチで会いたかった人が自ら電話をかけてくれた。
「実は、ふみちゃんのスマホに電話してもつながらないんです。故障かなあって思ってこの固定電話にかけてみたんです」
 どんぐり幼稚園の連絡網にうちの固定電話の番号も書いておいたのだろう。
「そうでしたか......実はその、芙美が家にいないんです。私もスマホで連絡が取れなくて困っています。竹本さん、何か心当たりはありますか」
「心当たりって言うか......ふみちゃん貼り紙の事を気にしてたけど、いなくなるなんて」
「貼り紙?」
 それはどんぐり園に貼られた貼り紙のことだった。芙美さんを中傷するひどい言葉がたくさん書いてあったと言う。
 俺は聞きながらはらわたが煮えくりかえるのを感じた。一体誰がそんなことを!
 幼稚園の同僚が俺たちに嫉妬した?だが貼り紙をしたところで何のメリットがある。
 それとも、もっと大きな視点でみるべきなのか。俺は代表取締役だが若すぎると言われることもある。こいつに社長業が務まるのか、と面と言われることだってある。俺の社長という椅子を横取りしたい連中だってもちろんいる。若くしてトップに立ったんだ。それくらいの刃は受ける覚悟がある。
 つまり、そういう俺をこらしめたい連中が芙美さんを拉致る可能性はある。
 俺を失脚させたかったら、俺から一番大事なものを奪えばいい。
 胸の鼓動が早くなってきた。俺のせいで芙美さんが危険な目にあっているかもしれない。
「私に連絡があったら、篠崎さんに連絡しますね」
 竹本さんがそう言ってくれたのでお互いの連絡先を伝えあって電話を切った。

 俺は百合岡に連絡して俺に特に難癖つけたがっている連中をピックアップしてもらう事にした。そいつらが芙美さんをどうにかしてないか早急につきつめないと。
 スマホが鳴った。百合岡からだ。すぐに電話に出る。
「なにかわかったのか?」
 前のめりになって言うと百合岡が鷹揚な声で言った。

「こういう時こそ、灯台もと暮らしってことがありますよ。落ち着いてください」

◇◇◇
 私は神奈川のS駅の地下街にあるカフェにいた。
「芙美か?見違えたぞ」
 そう言って父は笑顔を見せながら私の席にやってきた。
「お父さん。ごめんね。仕事中に」
 私は電車でこの街にきて、町田不動産の神奈川支社にいるはずの父に電話したのだ。父はちょうど手が空いていて、私にこのカフェに来るよう指定した。
「いや。それはいいんだが。びっくりした。芙美がこっちに来るなんて初めてじゃないか。何かあったのか。仕事は?」
「う、うん。有休もらえたの。時間ができたら何だかお父さんに会いたくなっちゃって」
「そうか」
 父は顔を綻ばせた。お父さん、嘘ついてごめんね。
「早く言ってくれたらいろいろ案内したのに。それにしても痩せたな。ちゃんと食べているのか?」
「うん。ダイエットの先生に指導してもらって少し痩せたの」
 でもリバウンドしたの、と心の中で呟いて気持ちが沈む。
「そうかあ。今夜は鰻でも食べに行くか、と思ったが......」
「お父さん」
 私は声を改めた。
「あの、申し訳ないんだけど数日でいいからお父さんの家においてもらえないかな。家事とかもちろんやるし」
「別にそれは構わんが…すまん、この後、会合があってな。夕食も出るんだ。済んだら家に帰るからその時に話さないか。今日は家政婦さんが休みの日だから芙美の夕食はどうするかな」
 父にかかると私は小さな女の子と思われてる気がして苦笑してしまう。
「大丈夫、お父さん。適当に食べるから気にしないでお仕事してきて」
「そうか?車で家まで送ってやる。そのくらいの時間ならあるから」
「ありがとう」
 子供の頃から、父は私に優しかった。母の病気が進んでいった時も、つい辛くてしおれがちだった私を、父はよく冗談を言って笑わせてくれた。
 父だって辛かったはずなのに、と大人になった今、改めて思う。
 車で移動してついた父の住む家は駅から車で十分くらいの住宅街にあった。ひっそりした静かな街並みで居心地がよさそうだ、と感じる。
 父は家の鍵を開けた後、鍵を私に渡し適当に寛いでいるように言って、車で会合へとむかった。
 私はぽつんと取り残されたが、心は軽かった。誠さんの部屋にいると誠さんが太ってしまった私の身体を見つめているような気がして落ち着かなかった。
 とりあえずスーツケースを持ちリビングへ行き、ソファに座った。父が雇っている家政婦さんは優秀だそうで家の中がとても綺麗に片付いている。
 こんなに快適な家があったら、そりゃあ東京の家に帰って来なくなるかも。
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