ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
そのとき、我に返って......ああ、もうこの家にはいられない、そう思ったんだ」
母と富江さんの間でなにか諍いがあったのだろう、とは推測していた。でも、こんなことが起こっていたなんて、まったくわかっていなかった。
私はうぬぼれていた。父のことはなんでもわかっている気がしていたのに。ただの自信過剰だったのだ。
「全然、知らなかった。お父さん、大変だったんだね」
父は目を細めた。
「こんな話ができるくらい、芙美が大人になったってことだ。よし、年内に離婚を進めるぞ。芙美、片親だからって結婚してくれないような男とは一緒になるな。でも、万が一そんな男だったなら......悪い。今の内に謝っておく。すまん」
「お、お父さん気が早いよ」
誠さんは片親とか気にしないだろうなあ。いやいや私、今そんなこと考えられる状況じゃないでしょう、と自分に言い聞かせる。
いつの間にかグラスはカラになっていた。二本目開けるか、という父の声はとてものびのびとしていた。
翌日。朝、父に朝食を作ってあげて、仕事に行くのを見送った。私は朝のニュースを見たりした後、野菜スープを作ることにした。昨日の内に材料はチェックしてあったのだ。
やっと前向きにまたダイエットしようという気になれていた。
野菜をまな板の横に並べて、順に刻んでいき鍋に入れていく。
すると、玄関の方で音がした。あ、そうだった、と私は玄関へ向かった。
私が開ける前に玄関のドアは開いた。
そこには五十代後半くらいのスリムな女性が立っていた。
「あら。もしかして」
「はじめまして。町田久雄の娘、芙美です」
「ああ、芙美さん。よくご主人様からお話を伺っていますよ。お会いできて嬉しいです。私は家政婦の綾部と言います。......あら、何かお料理されてる?」
綾部さんは勝手知ったる、という感じで家へあがり、すぐにキッチンに移動した。私の作りかけの野菜スープを見て、私に言った。
「えっと......これはなに?」
「あ、野菜スープです。今、これでダイエットしていて。すみません、綾部さんの段取りもおありでしょうが、ちょっとキッチンを貸してください」
「あら、私の段取りなんかお気になさらず。......ただ、ダイエットしてるの?」
「は、はい。五キロ痩せたんですが」
綾部さんはにっと笑った。
「リバウンドしたでしょう」
「えっ!わ、私、そんなにむくんでますか?」
ひやっとして声をあげてしまう。
「何かを食べるだけのダイエットは大抵リバウンドしますよ。他のものを食べた時に悪魔的に美味しかったでしょう?」
「は...、はい」
確かにあの時、食べた焼き菓子は一生の思い出になるのでは、というくらい美味しかった。
「芙美さん、今、すぐに二キロくらい落ちないかなあ、と思ってません?」
「ど、どうしてそれを」
まさに言い当てられてしまった。お菓子を食べて太った分を減らして、マイナス五キロの地点になんとか戻りたい!それが切実な願いだった。
「ふふふ......私家政婦のベテランなんです。いろんな方にお仕えしてきたので、読心術に磨きがかかってね。大抵、言い当ててしまうの。ねえ、芙美さん、二日間くらい、私の言う通りにしてみない?マイナス一・五キロくらいはいけると思うから」
「ほ、本当ですか?」
何故だろう。父も有能だと言っていたし、綾部さん自身もベテランだと言っている。彼女の言っていることを信用したくてしょうがない。
「どうすればいいんですか」
綾部さんはにっこり笑ってこう言った。
「腸活です」
二日後の朝。私は綾部さんの指示通り、朝起きてすぐオリーブオイル入りのココアを飲んだ。この飲み物を飲むと腸がいい感じに温まるらしい。そして部屋の掃除なんかをして動き回っていたらトイレに行きたくなった。
午前九時頃、綾部さんはうちにやって来た私は、慌てて玄関まで走った。エコバッグを提げていて、今夜の夕食用の買い物をすませて来てくれているのがわかる。
「綾部さん!」
「あらー、若いっていいわね。もうお肌ツヤツヤ。すぐ結果が出るわね」
「あの、肌だけじゃなくってあの」
「その顔は出たわね」
「出ました!」
そうなのだ。今日の朝、自分でも信じられないくらいほどのお通じがあったのだ。これはひょっとして、ひょっとするかもしれない、と思い、おそるおそる体重計に乗ってみた。
そうしたらまさにマイナス一・五キロ。私の五キロ減の体重に戻っていた。
「綾部さんのお陰です。ありがとうございます」
言っていて涙目になってしまった。一昨日と昨日、私は綾部さんの指示どおりの食事をした。ヨーグルトに納豆にキムチといった発酵食品。それから野菜。魚や肉も食べた。水やハーブティーもたくさん飲んだ。大丈夫よ、と言われて全粒粉のパスタも食べた。ダイエット中なのに麺なんかいいの?と心配したが杞憂に終わった。
「う、嬉しい......」
私は歓喜のあまり、床に座り込んでしまった。
「そんなに嬉しかったら、大好きな人に見せたいんじゃない?」
また綾部さんの千里眼が発動されて、私はぐ、と口をつぐんだ。
太っていたら誠さんに会いたくなかった。
でも、痩せることができたら?
いつの間にか綾部さんはエプロンを身につけていて、鼻歌まじりで掃除を始めていた。
夜、二十時頃父とダイニングテーブルで向き合って夕食後のお茶を飲んでいた。私は綾部さんのお陰で体重が減った話を嬉々として報告した。
「そうかあ。さすが綾部さんだ。父さんも、綾部さんのおかげで、随分、身体が軽くなったんだよ」
「うん。引き合わせてくれて、ありがとう。お父さん」
決して真下さんが間違っているとは思わない。真下さんは私よりも精神力があって、野菜スープでマイナス十キロを達成できたのだ。間違ってしまったのは私の心が弱かったせい。でも、自分を卑下することもしすぎないでおこうと思う。誰しも向き不向きがあるだけなのだ。
「そんなに楽しそうなら......芙美、お前、こっちで暮らすか?保育士の求人くらい父さんが見つけてきてやるよ」
どきりとした。それはある意味、魅力的な申し出だった。ここで暮らす。これまでのことをリセットして。新しい生活を始める。
もうすぐどんぐり園の謹慎期間が終わるけれど、無理して戻らなくてもいい。針の筵とわかっているところで働かなくていい。義母や美晴の嫌がらせがあるかも、なんて心配もしなくていい。
どうしよう。
父に差し伸べられた手を、まさにつかんでしまいそうなになった、その次の瞬間。
ピンポン。
と、玄関のインターフォンが鳴った。
リビングの壁にあるインターフォンの液晶画面には誠さんが映っていた。
嘘。
想定外の出来事に頭が真っ白になる。
「何だ、誰か不審な奴なのか?父さんが出てやる」
私が躊躇してたら父がつかつかと玄関に行ってしまう。
「お、お父さん、待って」
玄関が開くとスーツ姿の誠さんがいて、久しぶりに見る誠さんはやっぱり綺麗で十分私を打ちのめす威力があった。
「はじめまして。私、篠崎誠と申します。お嬢さんとお付き合いさせてもらっています」
「はあ」
母と富江さんの間でなにか諍いがあったのだろう、とは推測していた。でも、こんなことが起こっていたなんて、まったくわかっていなかった。
私はうぬぼれていた。父のことはなんでもわかっている気がしていたのに。ただの自信過剰だったのだ。
「全然、知らなかった。お父さん、大変だったんだね」
父は目を細めた。
「こんな話ができるくらい、芙美が大人になったってことだ。よし、年内に離婚を進めるぞ。芙美、片親だからって結婚してくれないような男とは一緒になるな。でも、万が一そんな男だったなら......悪い。今の内に謝っておく。すまん」
「お、お父さん気が早いよ」
誠さんは片親とか気にしないだろうなあ。いやいや私、今そんなこと考えられる状況じゃないでしょう、と自分に言い聞かせる。
いつの間にかグラスはカラになっていた。二本目開けるか、という父の声はとてものびのびとしていた。
翌日。朝、父に朝食を作ってあげて、仕事に行くのを見送った。私は朝のニュースを見たりした後、野菜スープを作ることにした。昨日の内に材料はチェックしてあったのだ。
やっと前向きにまたダイエットしようという気になれていた。
野菜をまな板の横に並べて、順に刻んでいき鍋に入れていく。
すると、玄関の方で音がした。あ、そうだった、と私は玄関へ向かった。
私が開ける前に玄関のドアは開いた。
そこには五十代後半くらいのスリムな女性が立っていた。
「あら。もしかして」
「はじめまして。町田久雄の娘、芙美です」
「ああ、芙美さん。よくご主人様からお話を伺っていますよ。お会いできて嬉しいです。私は家政婦の綾部と言います。......あら、何かお料理されてる?」
綾部さんは勝手知ったる、という感じで家へあがり、すぐにキッチンに移動した。私の作りかけの野菜スープを見て、私に言った。
「えっと......これはなに?」
「あ、野菜スープです。今、これでダイエットしていて。すみません、綾部さんの段取りもおありでしょうが、ちょっとキッチンを貸してください」
「あら、私の段取りなんかお気になさらず。......ただ、ダイエットしてるの?」
「は、はい。五キロ痩せたんですが」
綾部さんはにっと笑った。
「リバウンドしたでしょう」
「えっ!わ、私、そんなにむくんでますか?」
ひやっとして声をあげてしまう。
「何かを食べるだけのダイエットは大抵リバウンドしますよ。他のものを食べた時に悪魔的に美味しかったでしょう?」
「は...、はい」
確かにあの時、食べた焼き菓子は一生の思い出になるのでは、というくらい美味しかった。
「芙美さん、今、すぐに二キロくらい落ちないかなあ、と思ってません?」
「ど、どうしてそれを」
まさに言い当てられてしまった。お菓子を食べて太った分を減らして、マイナス五キロの地点になんとか戻りたい!それが切実な願いだった。
「ふふふ......私家政婦のベテランなんです。いろんな方にお仕えしてきたので、読心術に磨きがかかってね。大抵、言い当ててしまうの。ねえ、芙美さん、二日間くらい、私の言う通りにしてみない?マイナス一・五キロくらいはいけると思うから」
「ほ、本当ですか?」
何故だろう。父も有能だと言っていたし、綾部さん自身もベテランだと言っている。彼女の言っていることを信用したくてしょうがない。
「どうすればいいんですか」
綾部さんはにっこり笑ってこう言った。
「腸活です」
二日後の朝。私は綾部さんの指示通り、朝起きてすぐオリーブオイル入りのココアを飲んだ。この飲み物を飲むと腸がいい感じに温まるらしい。そして部屋の掃除なんかをして動き回っていたらトイレに行きたくなった。
午前九時頃、綾部さんはうちにやって来た私は、慌てて玄関まで走った。エコバッグを提げていて、今夜の夕食用の買い物をすませて来てくれているのがわかる。
「綾部さん!」
「あらー、若いっていいわね。もうお肌ツヤツヤ。すぐ結果が出るわね」
「あの、肌だけじゃなくってあの」
「その顔は出たわね」
「出ました!」
そうなのだ。今日の朝、自分でも信じられないくらいほどのお通じがあったのだ。これはひょっとして、ひょっとするかもしれない、と思い、おそるおそる体重計に乗ってみた。
そうしたらまさにマイナス一・五キロ。私の五キロ減の体重に戻っていた。
「綾部さんのお陰です。ありがとうございます」
言っていて涙目になってしまった。一昨日と昨日、私は綾部さんの指示どおりの食事をした。ヨーグルトに納豆にキムチといった発酵食品。それから野菜。魚や肉も食べた。水やハーブティーもたくさん飲んだ。大丈夫よ、と言われて全粒粉のパスタも食べた。ダイエット中なのに麺なんかいいの?と心配したが杞憂に終わった。
「う、嬉しい......」
私は歓喜のあまり、床に座り込んでしまった。
「そんなに嬉しかったら、大好きな人に見せたいんじゃない?」
また綾部さんの千里眼が発動されて、私はぐ、と口をつぐんだ。
太っていたら誠さんに会いたくなかった。
でも、痩せることができたら?
いつの間にか綾部さんはエプロンを身につけていて、鼻歌まじりで掃除を始めていた。
夜、二十時頃父とダイニングテーブルで向き合って夕食後のお茶を飲んでいた。私は綾部さんのお陰で体重が減った話を嬉々として報告した。
「そうかあ。さすが綾部さんだ。父さんも、綾部さんのおかげで、随分、身体が軽くなったんだよ」
「うん。引き合わせてくれて、ありがとう。お父さん」
決して真下さんが間違っているとは思わない。真下さんは私よりも精神力があって、野菜スープでマイナス十キロを達成できたのだ。間違ってしまったのは私の心が弱かったせい。でも、自分を卑下することもしすぎないでおこうと思う。誰しも向き不向きがあるだけなのだ。
「そんなに楽しそうなら......芙美、お前、こっちで暮らすか?保育士の求人くらい父さんが見つけてきてやるよ」
どきりとした。それはある意味、魅力的な申し出だった。ここで暮らす。これまでのことをリセットして。新しい生活を始める。
もうすぐどんぐり園の謹慎期間が終わるけれど、無理して戻らなくてもいい。針の筵とわかっているところで働かなくていい。義母や美晴の嫌がらせがあるかも、なんて心配もしなくていい。
どうしよう。
父に差し伸べられた手を、まさにつかんでしまいそうなになった、その次の瞬間。
ピンポン。
と、玄関のインターフォンが鳴った。
リビングの壁にあるインターフォンの液晶画面には誠さんが映っていた。
嘘。
想定外の出来事に頭が真っ白になる。
「何だ、誰か不審な奴なのか?父さんが出てやる」
私が躊躇してたら父がつかつかと玄関に行ってしまう。
「お、お父さん、待って」
玄関が開くとスーツ姿の誠さんがいて、久しぶりに見る誠さんはやっぱり綺麗で十分私を打ちのめす威力があった。
「はじめまして。私、篠崎誠と申します。お嬢さんとお付き合いさせてもらっています」
「はあ」