ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
父は面食らって私を見た。目が聞いてないぞ、と言っている。
「迎えに来たよ、芙美さん。仕事でトラブルがあって来るのが遅くなってすまない。それとも俺が来てはいけなかっただろうか」
私はぶんぶん首を振った。迎えに来てくれるなんて想定外でしかなかった。
「芙美、ひょっとしてこの人が、お前が言っていた人なのか?」
一昨日話していた「好きな人」まさにそれが誠さんだ。私はこくりと頷いた。
「まあ、篠崎君。あがりなさい。落ち着いて話さないか」
「すみません、ではお言葉に甘えて」
私はスリッパを出して誠さん用のお茶を淹れた。
三人でテーブルを囲むと、少し私の気持ちも落ち着いた。
「私、食品メーカーのオレンジスマイルの代表取締をやらせてもらっております」
「オレンジスマイル?私でも知ってるよ。オレンジのマークのついた冷凍食品」
「お父さん、知ってたの」
少し意外だった。家政婦さん任せで冷凍食品売り場なんて行ったことがないと思っていた。
「綾部さんが来る前は自分で食事を作ったりしてたからな。その頃は篠崎くんのところの
冷凍食品によくお世話になった。特にあの『夕食一瞬シリーズ』はよかったな」
「お父さん、それ誠さんが開発したのなの」
父がほう、と誠さんを改めて見た。
「娘の彼氏が仕事が出来る人のようで嬉しいよ」
「ありがとうございます。私なんてまだまだ若輩者です。そんな私は芙美さんと二か月ほど一緒に暮らしていました」
「うん?」
お父さんが目をむく。私の顔を見る。私はあわあわしてしまって言葉が出ない。
「実は私の五歳児の甥っ子を預かることになって、その世話をするのに手伝ってもらいました。ただそれは表向きの話で、実は彼女は実家から逃げ出す必要があったんです」
「誠さん!」
「やっぱり芙美さん、まだ話してなかったんだな。大事なことだからお父さんにお話すべきだ」
「どういうことだ?」
「芙美さんの義母と義妹のふたりは、約十年に渡って、芙美さんに大量の食事を無理やり食べさせていたんです。彼女を太らせるために。芙美さんの話では芙美さんが痩せていると亡くなったお母さんの面影が出るから嫌だと言って......幼稚園の給料も搾取されていて、芙美さんは実家を出ることがままならない状況だった。私は見ていられなくて、一緒に住もうと提案しました。ちょうど甥っ子も来ていたので......芙美さんに手伝って世話してもらった、これが経緯です」
「なんだって。まさか富江たちがそんな事をしてたなんて。どうして、芙美、言ってくれなかったんだ」
「お父さんには心配かけたくなかったし......でも、今ならわかるの。富江さんたちを受け入れればいいと自分に言い聞かせてたのは、自分が家を出て一人でやっていく度胸がなかったから。お金のことなんて言い訳にすぎない。私に勇気がなかったからなんだって、誠さんと暮らすようになってわかったの」
「芙美......」
父が慈愛の滲んだ目で私を見た。きっと申し訳なく思ってくれている。
「誠さん、父は義母の富江さんとの離婚を考えてるの」
「そうだったのか」
「離婚と同時に富江達の経済的援助も終わらせる。芙美は富江に虐待の慰謝料請求もできるはずだ」
「そうですね。芙美さん、その方向に持っていこう」
目まぐるしくことが動き、私は頷くしかなかった。貼り紙の件も、美晴の嫌がらせだったと言うと父も誠さんも憤慨した。
「俺の社長の座を狙う奴らが絡んでなくて本当によかった......じゃあ、どうして芙美さんは俺のところから出て行ったんだ?」
「なんだ、お前、有休で帰ってきてたんじゃなかったのか?」
父も誠さんが不思議そうに私を見る。
「......体重が、増えてたから、です」
誠さんも父もいっせいに「はあ?」と大きな声で言った。私は改めて自分のやったことのちっぽけさを恥ずかしく思った。
夜十時頃、私は誠さんの運転する車に乗っていた。誠さんのマンションへ向かっている。
明後日からどんぐり園にも行くことになるので今日中に帰ろう、となったのだ。
「まさか、リバウンドしてる姿が見られたくなくて出て行くなんて......悲劇を通り越してコメディだよ。芙美さん、想像の斜め上をいくなあ」
「ま、誠さんにはわからないんですよ。リバウンドしたときの恐怖っていうか......私誠さんがストイックなのも知っているから、きっと軽蔑されるとしか思えなくて。気が付いたら荷物まとめて部屋を飛び出してたんです」
「そういうのが女心というやつなのかな。でも出て行くのが俺を嫌いになったからじゃなくて本当によかった。まっさきに俺が何かやらかしたんじゃ、と俺だって真っ青になったよ」
「心配かけてごめんなさい......」
「いや、芙美さんから見たら俺はまだ何でも受け入れられるように見えていないってことだろう。お父さんのように器のでかい人になりたいもんだな」
誠さんと父はとても気があったらしく、私の体重問題がすんだ後も、楽しそうにお互いの仕事の話なんかをしていた。父のことだからよくドラマにあるような「娘は貴様になんかやらん!」みたいな展開になるとは思っていなかったけれど、嬉しかった。
「そもそもリバウンドしたきっかけは何だ?芙美さんが自分で決めたことを破るなんて、何かあったとしか思えない」
うっ、と言葉に詰まる。訊きたくて訊けなかったこと。いいや、今日はもうぶちまけてしまおう。
「あの......誠さんからのシンガポールからの国際電話の時に、誠さんが『ユリ』って誰かを呼んだんです。それにゆうきくんもユリさんからもらったぬいぐるみを持っていて。ユリさんって誰ってきいたら、『おじさんのこいびとだよ』って......」
「は......」
誠さんはあろうことか、笑い出した。
「な、何で笑うんですか、誠さんがユリさんとホテルで過ごしてるってわかったらぐるぐるしちゃって私、どれだけ悩んだと思ってるんですか!」
「ははは......。すまない。ユリはね、百合岡と言って俺の秘書。男だよ。渾名がユリなんだ」
へっ?お、男の人......百合岡......ええええ。
「だ、だってゆうきくんが」
「悠矢とゆうきが俺の部屋に遊びに来た時に百合岡が来ていて。あいつ子供好きなんだよな。ぬいぐるみを買ってきてくれたりして。まあ、もともと世話焼きだからその時もあれこれ手伝ってくれたんだ。そしたら確か悠矢が『秘書ってのは誠の恋人みたいに尽くすもんなんだなあ』って言って。ひとしきり恋人恋人ってからかって。ゆうきはその時のことを覚えてたんだなあ」
「そ...そうだったんですか」
どっと気が抜けた。秘書なら誠さんと同じホテルに泊まっていてもおかしくない。いや、まてまて真下さんの結婚式発言だってある。
「結婚式?ああ、芙美さんと出会う前に俺、見合いをさせられたんだ。それが会社の連中にバレてな。結婚するんじゃないかって騒がれて。結婚は来年ですか、とかよくきかれてたからどっかでねじ曲がって真下の耳に届いたんだな」
「じゃ、じゃあそのお見合いした方とは」
「迎えに来たよ、芙美さん。仕事でトラブルがあって来るのが遅くなってすまない。それとも俺が来てはいけなかっただろうか」
私はぶんぶん首を振った。迎えに来てくれるなんて想定外でしかなかった。
「芙美、ひょっとしてこの人が、お前が言っていた人なのか?」
一昨日話していた「好きな人」まさにそれが誠さんだ。私はこくりと頷いた。
「まあ、篠崎君。あがりなさい。落ち着いて話さないか」
「すみません、ではお言葉に甘えて」
私はスリッパを出して誠さん用のお茶を淹れた。
三人でテーブルを囲むと、少し私の気持ちも落ち着いた。
「私、食品メーカーのオレンジスマイルの代表取締をやらせてもらっております」
「オレンジスマイル?私でも知ってるよ。オレンジのマークのついた冷凍食品」
「お父さん、知ってたの」
少し意外だった。家政婦さん任せで冷凍食品売り場なんて行ったことがないと思っていた。
「綾部さんが来る前は自分で食事を作ったりしてたからな。その頃は篠崎くんのところの
冷凍食品によくお世話になった。特にあの『夕食一瞬シリーズ』はよかったな」
「お父さん、それ誠さんが開発したのなの」
父がほう、と誠さんを改めて見た。
「娘の彼氏が仕事が出来る人のようで嬉しいよ」
「ありがとうございます。私なんてまだまだ若輩者です。そんな私は芙美さんと二か月ほど一緒に暮らしていました」
「うん?」
お父さんが目をむく。私の顔を見る。私はあわあわしてしまって言葉が出ない。
「実は私の五歳児の甥っ子を預かることになって、その世話をするのに手伝ってもらいました。ただそれは表向きの話で、実は彼女は実家から逃げ出す必要があったんです」
「誠さん!」
「やっぱり芙美さん、まだ話してなかったんだな。大事なことだからお父さんにお話すべきだ」
「どういうことだ?」
「芙美さんの義母と義妹のふたりは、約十年に渡って、芙美さんに大量の食事を無理やり食べさせていたんです。彼女を太らせるために。芙美さんの話では芙美さんが痩せていると亡くなったお母さんの面影が出るから嫌だと言って......幼稚園の給料も搾取されていて、芙美さんは実家を出ることがままならない状況だった。私は見ていられなくて、一緒に住もうと提案しました。ちょうど甥っ子も来ていたので......芙美さんに手伝って世話してもらった、これが経緯です」
「なんだって。まさか富江たちがそんな事をしてたなんて。どうして、芙美、言ってくれなかったんだ」
「お父さんには心配かけたくなかったし......でも、今ならわかるの。富江さんたちを受け入れればいいと自分に言い聞かせてたのは、自分が家を出て一人でやっていく度胸がなかったから。お金のことなんて言い訳にすぎない。私に勇気がなかったからなんだって、誠さんと暮らすようになってわかったの」
「芙美......」
父が慈愛の滲んだ目で私を見た。きっと申し訳なく思ってくれている。
「誠さん、父は義母の富江さんとの離婚を考えてるの」
「そうだったのか」
「離婚と同時に富江達の経済的援助も終わらせる。芙美は富江に虐待の慰謝料請求もできるはずだ」
「そうですね。芙美さん、その方向に持っていこう」
目まぐるしくことが動き、私は頷くしかなかった。貼り紙の件も、美晴の嫌がらせだったと言うと父も誠さんも憤慨した。
「俺の社長の座を狙う奴らが絡んでなくて本当によかった......じゃあ、どうして芙美さんは俺のところから出て行ったんだ?」
「なんだ、お前、有休で帰ってきてたんじゃなかったのか?」
父も誠さんが不思議そうに私を見る。
「......体重が、増えてたから、です」
誠さんも父もいっせいに「はあ?」と大きな声で言った。私は改めて自分のやったことのちっぽけさを恥ずかしく思った。
夜十時頃、私は誠さんの運転する車に乗っていた。誠さんのマンションへ向かっている。
明後日からどんぐり園にも行くことになるので今日中に帰ろう、となったのだ。
「まさか、リバウンドしてる姿が見られたくなくて出て行くなんて......悲劇を通り越してコメディだよ。芙美さん、想像の斜め上をいくなあ」
「ま、誠さんにはわからないんですよ。リバウンドしたときの恐怖っていうか......私誠さんがストイックなのも知っているから、きっと軽蔑されるとしか思えなくて。気が付いたら荷物まとめて部屋を飛び出してたんです」
「そういうのが女心というやつなのかな。でも出て行くのが俺を嫌いになったからじゃなくて本当によかった。まっさきに俺が何かやらかしたんじゃ、と俺だって真っ青になったよ」
「心配かけてごめんなさい......」
「いや、芙美さんから見たら俺はまだ何でも受け入れられるように見えていないってことだろう。お父さんのように器のでかい人になりたいもんだな」
誠さんと父はとても気があったらしく、私の体重問題がすんだ後も、楽しそうにお互いの仕事の話なんかをしていた。父のことだからよくドラマにあるような「娘は貴様になんかやらん!」みたいな展開になるとは思っていなかったけれど、嬉しかった。
「そもそもリバウンドしたきっかけは何だ?芙美さんが自分で決めたことを破るなんて、何かあったとしか思えない」
うっ、と言葉に詰まる。訊きたくて訊けなかったこと。いいや、今日はもうぶちまけてしまおう。
「あの......誠さんからのシンガポールからの国際電話の時に、誠さんが『ユリ』って誰かを呼んだんです。それにゆうきくんもユリさんからもらったぬいぐるみを持っていて。ユリさんって誰ってきいたら、『おじさんのこいびとだよ』って......」
「は......」
誠さんはあろうことか、笑い出した。
「な、何で笑うんですか、誠さんがユリさんとホテルで過ごしてるってわかったらぐるぐるしちゃって私、どれだけ悩んだと思ってるんですか!」
「ははは......。すまない。ユリはね、百合岡と言って俺の秘書。男だよ。渾名がユリなんだ」
へっ?お、男の人......百合岡......ええええ。
「だ、だってゆうきくんが」
「悠矢とゆうきが俺の部屋に遊びに来た時に百合岡が来ていて。あいつ子供好きなんだよな。ぬいぐるみを買ってきてくれたりして。まあ、もともと世話焼きだからその時もあれこれ手伝ってくれたんだ。そしたら確か悠矢が『秘書ってのは誠の恋人みたいに尽くすもんなんだなあ』って言って。ひとしきり恋人恋人ってからかって。ゆうきはその時のことを覚えてたんだなあ」
「そ...そうだったんですか」
どっと気が抜けた。秘書なら誠さんと同じホテルに泊まっていてもおかしくない。いや、まてまて真下さんの結婚式発言だってある。
「結婚式?ああ、芙美さんと出会う前に俺、見合いをさせられたんだ。それが会社の連中にバレてな。結婚するんじゃないかって騒がれて。結婚は来年ですか、とかよくきかれてたからどっかでねじ曲がって真下の耳に届いたんだな」
「じゃ、じゃあそのお見合いした方とは」