いえない事情〜初恋のエリート上司がわたしに執着する理由〜
1、立夏の記憶

「おはようございます!今日、五月五日こどもの日は、二十四節気の「立夏」にあたります。今年の立夏は五月五日から五月二十日まで。若葉が茂り、日差しも眩しく、暑い日もあって実際に夏の気配が感じられますが── 」
 

 何の気なしに流していた朝の情報番組から聞こえてきたその単語に、今日のファッションに合わせてメイクを施していた手がおもしろいくらいあっさりと止まった。

 「立夏」に反応してしまうのは、もう毎年のこと。この時期にだけ色濃く思い出してしまう痛みはそろそろ風化してくれてもいいはずなのに、それは十年経った今も変わらず私の胸をちくりと刺す。それに追い打ちをかけるように、少しだけ開け放した窓から流れ込んできた薫風が、私の前髪をそよりと揺らした。

 それでも、社会人七年目となった私に感傷に浸っている暇はない。

 テレビの左上隅に表示された時刻を見て、我に返る。

 向中野光芽(むかいなかのこうめ)、二十八歳。国内最大手のアパレルメーカー〝&スタイル〟に勤務し、そのうちの「la・mila」というブランドのMD(マーチャンダイジング)部でチーフを任されている私は、祝日の今日、急遽出勤することになっていた。

 アパレル業界にとって、ゴールデンウィークは年末年始や夏、冬のセールに匹敵するほどの超繁忙期と言われている。そのゴールデンウィークも終盤の今日、商業施設に入っている大型店舗の一つでスタッフが二人、体調不良のため欠勤になると店長から連絡があった。かなりの多忙を極めていると、一目でわかる売上げを誇る店舗だ。

 それでもこの時期、他店舗からの販売人員確保は難しかったため、市場調査(リサーチ)を兼ねて、私と、私の後輩で入社四年目の茅野ちゃんこと茅野美千歌(かやのみちか)ちゃんが、本社から助っ人に行くことになったのだ。

 今は本社勤務の私も、入社してから数年は店舗でさまざまな経験を積んできた。

 客層や動向、あとは「仕込み商品」と呼ばれるゴールデンウィーク目玉商品や、夏先取りアイテムが狙い通りに売れているかなど、現場に行くことによって見えてくることはたくさんある。

 今でこそ現場に出る機会はそこまで多くはないけれど、「どんな人が」「どの商品を手に取り」「なぜ買わなかったのか(あるいは買ったのか)」など、画面上のデータだけでは見えないお客様の生の声を聞ける現場が、私は好きだった。

 ……なんて元来人見知りの私がそんな殊勝なことを言えるようになるまでには、それなりの険しい道のりがあったのだけど。

 最後の仕上げにメイクキープミストを振りかけ、これからの段取りを頭で組み立てているうちに、さきほどまで胸に去来していた感傷はすっかり霧散していた。

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