ゆびきりげんまん
翌朝。

「…………頭いたい」

目が覚めた瞬間。

昨日のあたしを殴りたくなった。

お酒って。

怖い。

身体を起こす。

頭が重い。

喉も渇いてる。

枕元には、水のペットボトル。

「……?」

こんなの置いたっけ。

手に取って、一口飲む。

冷たくない。

でも、おいしい。

昨日。

どうやって帰ってきたんだっけ。

颯真兄ちゃんと居酒屋に行って。 

初めてお酒飲んで。

楽しくなって。

いっぱい喋って。

店を出て――。

「…………」

思い出した。

「おんぶ!」

颯真兄ちゃんに。

おんぶしてもらった。

背中。

広かった。

あったかかった。

首に腕を回して。

頬が首筋に当たって。

「…………」

そこまで思い出して。

布団を頭からかぶった。

「うわぁぁぁ……」

酔ってた。

かなり酔ってた。

何喋った?

好きって言った。

それは覚えてる。

何回言った?

わからない。

『あたしのことは?』

聞いた。

「…………!」

枕に顔を押しつけた。

最悪。

いや。

最悪じゃない。

聞きたかったんだから。

でも。

答えは?

「……なんて言ったっけ」

思い出せない。

しばらく布団の中でもぞもぞしていると。

スマホが鳴った。

びくっ。

画面を見る。

颯真兄ちゃん。

メッセージ。

『起きたか』

心臓が跳ねる。

すぐ返す。

『起きた』

少し考えて。

『昨日ごめんなさい』

送信。

すぐ既読。

『反省しろ』

「…………」

怒ってる。

『怒ってる?』

『怒ってへん』

『じゃあ反省しなくていい?』

『しろ』

どっち。

思わず笑った。

続けて。

『昨日、家まで送ってくれた?』

既読。

『送った』

『おんぶで?』

少し間が空いた。

『そうや』

覚えてる。

やっぱり夢じゃない。

『重かった?』

今度は。

なかなか返ってこない。

一分。

二分。

「……何考えてるの」

やっと来た。

『重ない』

「…………」

昨日は。

『そらな』

って言ったくせに。

ちょっと嬉しい。

『またして?』

送った。

既読。

返事なし。

「…………?」

一分。

『嫌や』

「なんで!」

声に出た。

『なんで?』

既読。

また返事が遅い。

そして。

『もう大人なんやろ』

「…………」

スマホを見つめた。

もう大人なんやろ。

昨日までなら。

絶対。

嬉しかった言葉。

ずっと。

ずっと言ってほしかった。

なのに。

なんでだろう。

今日は少しだけ。

寂しかった。


それから。

颯真兄ちゃんが。

ちょっと変になった。

交番へ行けば。

普通に話す。

笑う。

いつものように、

『うるさい』

とも言う。

だけど。

「颯真兄ちゃん!」

駆け寄って。

腕を掴もうとすると。

「おっと」

するっと避ける。

「……何?」

「仕事中や」


別の日。

一緒に歩いていて。

ふざけて肩をぶつけたら。

「危ないで」

一歩離れる。

また別の日。

「颯真兄ちゃん、髪になんかついてる」

手を伸ばしたら。

自分で払った。

「取れた?」

「……うん」

変。

絶対。

変。

前は。

こんなんじゃなかった。

昔は頭だって撫でてくれた。

手だって繋いでくれた。

おんぶだって。

この前してくれた。

なのに。

今は。

触ろうとすると。

避ける。

「…………」

嫌われた?

違う。

たぶん。

じゃあ。

なんで?

わからない。

でも。

一つだけ。

はっきりしていた。

二十歳になって。

あたしがずっと欲しかったもの。

『大人として見て』

やっと。

そう見てもらえるようになったはずなのに。

大人になるって。

颯真兄ちゃんから。

少し遠くなることだったのかな。

そんなの。

聞いてない。


仕事帰り。

久しぶりに二人で歩いていた。

「颯真兄ちゃん」

「ん?」

「手、貸して」

「なんで」

「いいから」

「嫌や」

「貸して」

「何すんねん」

無理やり。

右手を掴んだ。

「おい」

逃げられる前に。

小指を絡める。

「…………」

颯真兄ちゃんが黙った。

「これならいいでしょ」

「……何がや」

「手繋いでないもん」

「屁理屈やろ」

「指切り」

小指だけ。

繋がってる。

四歳の頃から。

何度も。

何度も繋いだ指。

「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん」

「ここで歌うな」

「ウソついたら――」

「すず」

「ずっと、ずーっと一緒にいる」

「…………」

「泣いても、怒っても、仲直り」

「…………」

「すずが大人になっても――」

そこまで歌って。

止めた。

颯真兄ちゃんを見る。

「……大人になったら、一緒にいちゃダメなの?」

「…………」

颯真兄ちゃんの目が。

初めて。

逃げなかった。

絡んだ小指も。

今度は。

離さなかった。

「誰がそないなこと言うた」

「だって最近、避けるじゃん」

「避けてへん」

「避けてる」

「…………」

「あたしが触ると逃げる」

「それは……」

「それは?」

言葉が止まる。

「嫌なら言って」

「ちゃう」

すぐだった。

「じゃあ、なんで?」

「…………」

また。

困った顔。

でも。

今日は。

逃がさない。

「教えて」

「すず」

「うん」

颯真兄ちゃんは。

絡んだ小指を見た。

そして。

小さく息を吐いた。

「お前がもう、子供ちゃうからや」

「…………」

心臓が。

どくん。

と鳴った。

「それ……どういう意味?」

「そのまんまや」

「わかんない」

「ほな、まだわからんでええ」

「ずるい!」

「ずるくてええ」

絡んでいた小指が。

ゆっくり離れる。

でも。

その前に。

颯真兄ちゃんの指が。

一瞬だけ。

あたしの小指を。

きゅっと握った。

「帰るぞ」

「…………うん」

少し前を歩き始める。

その背中を見ながら。

あたしは。

握られた小指を。

もう片方の手で包んだ。

子供じゃないから。

避ける。

その意味を。

あたしが本当に理解するのは。

もう少し。

先のことだった。

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