ゆびきりげんまん
それから。
あたしの毎日は。
少しだけ。
忙しくなった。
新しい案件。
打ち合わせ。
資料作り。
後輩からの質問。
今までなら。
自分の仕事だけ終わればよかった。
でも。
今は違う。
「すず先輩、こっち確認お願いします」
「はいはい」
「神崎さん、三時から打ち合わせね」
「わかりました!」
「すず先輩!」
「今行くー!」
……忙しい。
ものすごく。
忙しい。
だけど。
不思議と。
辞めたいとは。
思わなくなっていた。
「神崎」
「はい」
「これ、先方に確認取っといて」
「はい」
「あと、明日の打ち合わせ。進行お願いできる?」
「…………あたしが?」
「他に誰がいる」
「…………」
出た。
最近。
よく言われる。
『あたしが?』
って聞くたび。
みんな同じ顔をする。
何言ってるんだ。
って顔。
「……やります」
「頼む」
自分の席に戻る。
パソコンを開く。
「…………」
できるかな。
いや。
やるって言っちゃった。
やるしかない。
スマホを見る。
颯真兄ちゃんに。
言いたくなった。
『明日、あたしが打ち合わせの進行するんだよ』
文字を打つ。
でも。
送る前に消した。
「…………」
やめた。
最近。
あたしばっかり。
連絡してる気がする。
颯真兄ちゃんから来ることもある。
でも。
前より少ない。
会うのも。
減った。
何してるのか聞いても。
仕事。
それしか言わない。
だから。
今日は。
送らない。
「よし」
スマホを伏せた。
明日。
ちゃんとできたら。
その時。
自慢してやろう。
「――以上です」
会議室が。
静かになった。
「…………」
怖い。
何か言って。
お願いだから。
誰か。
何か言って。
「うん」
上司が資料を閉じた。
「いいんじゃない?」
「…………ほんとですか?」
「なんでそんな顔してる」
「いや……」
「ちゃんと進行できてたよ」
「…………」
できた。
「ありがとうございます!」
会議室を出た瞬間。
「っしゃ!」
小さく。
拳を握った。
やった。
できた。
颯真兄ちゃん。
あたし。
できたよ。
スマホを取り出す。
メッセージを開く。
指が止まった。
最後に送ったのは。
三日前。
あたし。
『今日めっちゃ怒られた』
颯真兄ちゃん。
『何したん』
あたし。
『聞いて』
颯真兄ちゃん。
『今無理や。また後で』
それっきり。
「…………」
後で。
来なかった。
忙しいんだろうな。
わかってる。
あたしだって。
最近忙しい。
だから。
わかる。
でも。
ちょっとだけ。
寂しい。
スマホを閉じた。
今日は。
やっぱり。
送らなかった。
数日後。
仕事帰り。
気づけば。
いつもの道を歩いていた。
「…………」
癖って。
怖い。
行かないって決めてたのに。
交番の前。
足が止まる。
中を見る。
「…………いない」
また。
いない。
帰ろ。
そう思った時。
「すずちゃん?」
「あ」
顔を出したのは。
何度か話したことのある警察官だった。
「こんばんは」
「こんばんは。朝倉?」
聞いてない。
まだ何も。
「……はい」
「今日もいないよ」
「そうですか」
「最近忙しいからねえ」
「何してるんですか?」
「ん?」
「颯真兄ちゃん」
「ああ」
その人が。
一瞬。
考える顔をした。
「本人から聞いてない?」
「仕事って」
「……そっか」
何。
その顔。
「何かあるんですか?」
「いや」
「ありますよね?」
「俺からは言えないな」
また。
それ。
「みんなそう言う!」
思わず声が出た。
警察官が笑った。
「本人に聞きなよ」
「聞いても教えてくれないんです!」
「じゃあ待ってあげたら?」
「…………」
「朝倉も朝倉で、頑張ってるみたいだから」
「……頑張ってる?」
「うん」
その言葉だけ。
胸に残った。
「……わかりました」
「気をつけて帰ってね」
「はい」
交番を離れる。
颯真兄ちゃんも。
頑張ってる。
何を。
頑張ってるんだろう。
教えてほしい。
でも。
教えてくれないなら。
待つしかない。
「…………」
会いたいな。
そんなことを思いながら。
駅へ向かった。
季節が。
一つ。
また一つ。
過ぎた。
会えないことに。
少しずつ慣れた。
颯真兄ちゃんがいなくても。
あたしの毎日は進む。
仕事へ行って。
怒られて。
笑って。
後輩を怒って。
あとで言い過ぎたかなって悩んで。
謝ったり。
一緒に残業したり。
そんな毎日。
そして。
「神崎さん」
「はい」
上司に呼ばれた。
「例のプロジェクトなんだけど」
「はい」
「来月から、外回り増えるから」
渡された予定表を見る。
「うわ……」
多い。
「各施設、順番に回ってもらう」
「これ全部ですか?」
「全部」
「鬼」
「聞こえてるぞ」
「心の声です」
「口から出てる」
「すみません」
予定表をめくる。
会社。
施設。
また施設。
その中に。
幼稚園の名前も。
いくつかあった。
「幼稚園も行くんですか?」
「ああ。今回の企画、地域の施設にも協力してもらうから」
「へえ……」
「それと」
上司が。
もう一枚。
紙を出した。
「今回の現場」
「はい」
「神崎にまとめてもらおうと思ってる」
「…………」
「…………」
「あたし?」
「またそれ言うのか」
「だって!」
「もう何年いると思ってる」
「…………」
何年。
その言葉に。
ふと。
思った。
もうすぐ。
二十二歳。
「できる?」
聞かれた。
昔なら。
怖かった。
今も。
怖くないわけじゃない。
だけど。
「やります」
今度は。
すぐ言えた。
上司が頷く。
「頼んだ、リーダー」
「…………」
リーダー。
席に戻って。
もう一度。
予定表を見る。
その文字を。
指でなぞった。
あたし。
ちゃんと。
大人になれてるかな。
颯真兄ちゃん。
六年前の約束。
覚えてる?
あと。
少しだよ。
二十二歳まで。
あと。
少し。
あたしの毎日は。
少しだけ。
忙しくなった。
新しい案件。
打ち合わせ。
資料作り。
後輩からの質問。
今までなら。
自分の仕事だけ終わればよかった。
でも。
今は違う。
「すず先輩、こっち確認お願いします」
「はいはい」
「神崎さん、三時から打ち合わせね」
「わかりました!」
「すず先輩!」
「今行くー!」
……忙しい。
ものすごく。
忙しい。
だけど。
不思議と。
辞めたいとは。
思わなくなっていた。
「神崎」
「はい」
「これ、先方に確認取っといて」
「はい」
「あと、明日の打ち合わせ。進行お願いできる?」
「…………あたしが?」
「他に誰がいる」
「…………」
出た。
最近。
よく言われる。
『あたしが?』
って聞くたび。
みんな同じ顔をする。
何言ってるんだ。
って顔。
「……やります」
「頼む」
自分の席に戻る。
パソコンを開く。
「…………」
できるかな。
いや。
やるって言っちゃった。
やるしかない。
スマホを見る。
颯真兄ちゃんに。
言いたくなった。
『明日、あたしが打ち合わせの進行するんだよ』
文字を打つ。
でも。
送る前に消した。
「…………」
やめた。
最近。
あたしばっかり。
連絡してる気がする。
颯真兄ちゃんから来ることもある。
でも。
前より少ない。
会うのも。
減った。
何してるのか聞いても。
仕事。
それしか言わない。
だから。
今日は。
送らない。
「よし」
スマホを伏せた。
明日。
ちゃんとできたら。
その時。
自慢してやろう。
「――以上です」
会議室が。
静かになった。
「…………」
怖い。
何か言って。
お願いだから。
誰か。
何か言って。
「うん」
上司が資料を閉じた。
「いいんじゃない?」
「…………ほんとですか?」
「なんでそんな顔してる」
「いや……」
「ちゃんと進行できてたよ」
「…………」
できた。
「ありがとうございます!」
会議室を出た瞬間。
「っしゃ!」
小さく。
拳を握った。
やった。
できた。
颯真兄ちゃん。
あたし。
できたよ。
スマホを取り出す。
メッセージを開く。
指が止まった。
最後に送ったのは。
三日前。
あたし。
『今日めっちゃ怒られた』
颯真兄ちゃん。
『何したん』
あたし。
『聞いて』
颯真兄ちゃん。
『今無理や。また後で』
それっきり。
「…………」
後で。
来なかった。
忙しいんだろうな。
わかってる。
あたしだって。
最近忙しい。
だから。
わかる。
でも。
ちょっとだけ。
寂しい。
スマホを閉じた。
今日は。
やっぱり。
送らなかった。
数日後。
仕事帰り。
気づけば。
いつもの道を歩いていた。
「…………」
癖って。
怖い。
行かないって決めてたのに。
交番の前。
足が止まる。
中を見る。
「…………いない」
また。
いない。
帰ろ。
そう思った時。
「すずちゃん?」
「あ」
顔を出したのは。
何度か話したことのある警察官だった。
「こんばんは」
「こんばんは。朝倉?」
聞いてない。
まだ何も。
「……はい」
「今日もいないよ」
「そうですか」
「最近忙しいからねえ」
「何してるんですか?」
「ん?」
「颯真兄ちゃん」
「ああ」
その人が。
一瞬。
考える顔をした。
「本人から聞いてない?」
「仕事って」
「……そっか」
何。
その顔。
「何かあるんですか?」
「いや」
「ありますよね?」
「俺からは言えないな」
また。
それ。
「みんなそう言う!」
思わず声が出た。
警察官が笑った。
「本人に聞きなよ」
「聞いても教えてくれないんです!」
「じゃあ待ってあげたら?」
「…………」
「朝倉も朝倉で、頑張ってるみたいだから」
「……頑張ってる?」
「うん」
その言葉だけ。
胸に残った。
「……わかりました」
「気をつけて帰ってね」
「はい」
交番を離れる。
颯真兄ちゃんも。
頑張ってる。
何を。
頑張ってるんだろう。
教えてほしい。
でも。
教えてくれないなら。
待つしかない。
「…………」
会いたいな。
そんなことを思いながら。
駅へ向かった。
季節が。
一つ。
また一つ。
過ぎた。
会えないことに。
少しずつ慣れた。
颯真兄ちゃんがいなくても。
あたしの毎日は進む。
仕事へ行って。
怒られて。
笑って。
後輩を怒って。
あとで言い過ぎたかなって悩んで。
謝ったり。
一緒に残業したり。
そんな毎日。
そして。
「神崎さん」
「はい」
上司に呼ばれた。
「例のプロジェクトなんだけど」
「はい」
「来月から、外回り増えるから」
渡された予定表を見る。
「うわ……」
多い。
「各施設、順番に回ってもらう」
「これ全部ですか?」
「全部」
「鬼」
「聞こえてるぞ」
「心の声です」
「口から出てる」
「すみません」
予定表をめくる。
会社。
施設。
また施設。
その中に。
幼稚園の名前も。
いくつかあった。
「幼稚園も行くんですか?」
「ああ。今回の企画、地域の施設にも協力してもらうから」
「へえ……」
「それと」
上司が。
もう一枚。
紙を出した。
「今回の現場」
「はい」
「神崎にまとめてもらおうと思ってる」
「…………」
「…………」
「あたし?」
「またそれ言うのか」
「だって!」
「もう何年いると思ってる」
「…………」
何年。
その言葉に。
ふと。
思った。
もうすぐ。
二十二歳。
「できる?」
聞かれた。
昔なら。
怖かった。
今も。
怖くないわけじゃない。
だけど。
「やります」
今度は。
すぐ言えた。
上司が頷く。
「頼んだ、リーダー」
「…………」
リーダー。
席に戻って。
もう一度。
予定表を見る。
その文字を。
指でなぞった。
あたし。
ちゃんと。
大人になれてるかな。
颯真兄ちゃん。
六年前の約束。
覚えてる?
あと。
少しだよ。
二十二歳まで。
あと。
少し。