ゆびきりげんまん
交通安全教室が始まった。
園児たちは。
先生の話なんて。
聞いてるんだか。
聞いてないんだか。
「白バイ乗りたーい!」
「ぼくも!」
「おまわりさん、はやいのー?」
「はやいで」
颯真兄ちゃんが。
子供の目線までしゃがんで答えてる。
「どれくらい?」
「めっちゃ速い」
「めっちゃってどれくらい?」
「めっちゃは、めっちゃや」
「わかんなーい!」
「ほな聞くな」
「朝倉さん」
隣にいた隊員に笑われた。
「子供相手に何言ってるんですか」
「ちゃんと答えとるやろ」
「答えてません」
「おまわりさん、おもしろーい!」
「おもろない」
「おもしろーい!」
「…………」
笑いそうになって。
慌てて口を押さえた。
何してんねん。
颯真兄ちゃん。
仕事中でも。
颯真兄ちゃんや。
でも。
白バイの横に立つ姿は。
やっぱり。
知らん人みたいで。
なんやろ。
変な感じ。
「神崎さん」
「ん?」
「そろそろ行かないと」
「あ……」
後輩に言われて。
時計を見る。
まずい。
「ほんまや」
次の訪問先がある。
もっと。
見てたい。
聞きたいことかて。
いっぱいある。
いつから?
なんで黙ってたん?
白バイ目指してたん?
いつなったん?
大変やった?
全部。
今すぐ聞きたい。
でも。
今は。
仕事中。
あたしも。
颯真兄ちゃんも。
「行こか」
「はい」
園長先生に挨拶をして。
園庭を出ようとした。
最後に。
もう一度だけ。
振り返る。
颯真兄ちゃんは。
園児に囲まれていた。
こっちを。
見てへん。
「…………」
しゃあない。
あとで。
絶対電話する。
絶対。
問い詰めたる。
そう思って。
歩き出した時。
「すず」
「…………!」
振り返った。
颯真兄ちゃんが。
こっちを見ていた。
いつの間に。
園児たちから離れて。
少しだけ。
こっちへ来ていた。
「なに?」
思わず。
いつもの調子で返す。
「仕事か?」
「……そうやけど」
颯真兄ちゃんが。
あたしの首から下がっている社員証を見る。
そのあと。
手に持った資料。
隣にいる後輩。
全部。
順番に見た。
「そっちは?」
聞かれて。
胸を張った。
「仕事」
「見たらわかる」
「ほんなら聞かんといてや」
「何しに来たんや」
「プロジェクトで、この辺の施設回ってんねん」
「へえ」
「何、その顔」
「別に」
「今、へえって言うたやん」
「言うたな」
「バカにしたやろ」
「してへん」
絶対。
してる。
「すず先輩」
後輩が。
後ろから声をかけた。
「次、時間ギリギリになりますよ」
「あ、ごめん!」
鞄から予定表を出す。
「次どこやったっけ」
「ひかり保育園です」
「車で十五分?」
「そのくらいです」
「ほな急ご」
「はい」
予定を確認して。
顔を上げる。
颯真兄ちゃんが。
あたしを見ていた。
「……何?」
「いや」
「何よ」
「先輩なんやな思て」
「…………」
あ。
「そうやで」
なんやろ。
急に。
恥ずかしくなった。
「後輩おるもん」
「へえ」
「また言うた!」
「ええやん」
「しかもな」
言いたくなった。
「今回のプロジェクト、あたしリーダーやねんから」
「…………」
どうや。
驚け。
颯真兄ちゃんの眉が。
少し上がった。
「お前が?」
「その反応ムカつく!」
「いやいや」
笑ってる。
「なんで笑うん!」
「笑ってへん」
「笑ってるやん!」
「仕事中やぞ」
「颯真兄ちゃんが――」
「すず先輩!」
「はい」
後輩の声。
怖い。
「行きますよ」
「……はい」
颯真兄ちゃんが。
吹き出した。
「ほら。リーダー怒られとるぞ」
「うるさい!」
「早よ行け」
「わかってる!」
踵を返す。
二歩。
三歩。
「あ、待って!」
また振り返った。
「颯真兄ちゃん!」
「なんや」
白バイを指差す。
「それ!」
「それ?」
「あとで説明してもらうからな!」
「何を」
「全部!」
「全部てなんやねん」
「とぼけんといて!」
「早よ仕事行け」
「逃げんといてやー!」
「逃げへんわ!」
周りの先生たちが。
こっちを見てる。
園児まで。
見てる。
「…………」
やばい。
あたし。
仕事中やった。
「失礼しました……」
小さく頭を下げて。
逃げた。
「神崎さん」
「…………」
「神崎さん」
「何」
車に乗った瞬間。
後輩が。
にやにやしていた。
「彼氏ですか?」
「ちゃう!」
即答。
「じゃあ、あの人誰ですか?」
「…………」
誰。
そう聞かれると。
困る。
「昔から知ってる人」
「へえ」
「何」
「いや」
エンジンがかかる。
「ずいぶん仲いいなと思って」
「…………」
仲は。
ええ。
たぶん。
でも。
それだけ。
「早よ出して」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
車が走り出す。
窓の外。
園庭が。
少しずつ遠くなる。
白バイが見える。
その横に。
颯真兄ちゃん。
「…………」
まだ。
信じられへん。
白バイ。
颯真兄ちゃんが。
白バイ隊員。
聞いてへん。
何にも。
聞いてへん。
「……アホ」
小さく呟いた。
でも。
口元が。
勝手に緩む。
かっこよかった。
ものすごく。
悔しいくらい。
かっこよかった。
その頃。
「朝倉さん」
「ん?」
一緒に来ていた隊員が。
颯真の横に並んだ。
「さっきの子、知り合いですか?」
「ああ」
「彼女?」
「ちゃうわ」
即答した。
「へえ」
「なんや」
「いや、別に」
「なんやねん」
隊員が笑いながら離れていく。
颯真は。
すずが出ていった門を見る。
社員証を下げて。
資料を抱えて。
後輩に指示を出して。
次の予定を確認していた。
昔。
学校帰りに。
毎日のように交番へ来ていた。
あのすずが。
『今回のプロジェクト、あたしリーダーやねんから』
「…………」
颯真は。
小さく笑った。
「ちゃんと大人になっとるやん」
六年前。
自分が言った言葉を。
思い出す。
――ちゃんと大人になれ。
その時は。
まさか。
本当に。
こんなふうに。
大人になっていくすずを。
自分が見ることになるとは。
思っていなかった。
「朝倉さーん!」
園児に呼ばれる。
「はいはい」
振り返る。
「白バイさわっていいー?」
「勝手に触ったらあかん」
「ちょっとだけー!」
「あかん」
「ケチー!」
「誰がケチや」
子供たちのところへ戻りながら。
颯真は。
もう一度だけ。
門の方を見た。
もう。
すずの姿は。
なかった。
「…………」
あと少し。
六年前。
冗談半分で口にした。
あの約束まで。
あと少しだった。
園児たちは。
先生の話なんて。
聞いてるんだか。
聞いてないんだか。
「白バイ乗りたーい!」
「ぼくも!」
「おまわりさん、はやいのー?」
「はやいで」
颯真兄ちゃんが。
子供の目線までしゃがんで答えてる。
「どれくらい?」
「めっちゃ速い」
「めっちゃってどれくらい?」
「めっちゃは、めっちゃや」
「わかんなーい!」
「ほな聞くな」
「朝倉さん」
隣にいた隊員に笑われた。
「子供相手に何言ってるんですか」
「ちゃんと答えとるやろ」
「答えてません」
「おまわりさん、おもしろーい!」
「おもろない」
「おもしろーい!」
「…………」
笑いそうになって。
慌てて口を押さえた。
何してんねん。
颯真兄ちゃん。
仕事中でも。
颯真兄ちゃんや。
でも。
白バイの横に立つ姿は。
やっぱり。
知らん人みたいで。
なんやろ。
変な感じ。
「神崎さん」
「ん?」
「そろそろ行かないと」
「あ……」
後輩に言われて。
時計を見る。
まずい。
「ほんまや」
次の訪問先がある。
もっと。
見てたい。
聞きたいことかて。
いっぱいある。
いつから?
なんで黙ってたん?
白バイ目指してたん?
いつなったん?
大変やった?
全部。
今すぐ聞きたい。
でも。
今は。
仕事中。
あたしも。
颯真兄ちゃんも。
「行こか」
「はい」
園長先生に挨拶をして。
園庭を出ようとした。
最後に。
もう一度だけ。
振り返る。
颯真兄ちゃんは。
園児に囲まれていた。
こっちを。
見てへん。
「…………」
しゃあない。
あとで。
絶対電話する。
絶対。
問い詰めたる。
そう思って。
歩き出した時。
「すず」
「…………!」
振り返った。
颯真兄ちゃんが。
こっちを見ていた。
いつの間に。
園児たちから離れて。
少しだけ。
こっちへ来ていた。
「なに?」
思わず。
いつもの調子で返す。
「仕事か?」
「……そうやけど」
颯真兄ちゃんが。
あたしの首から下がっている社員証を見る。
そのあと。
手に持った資料。
隣にいる後輩。
全部。
順番に見た。
「そっちは?」
聞かれて。
胸を張った。
「仕事」
「見たらわかる」
「ほんなら聞かんといてや」
「何しに来たんや」
「プロジェクトで、この辺の施設回ってんねん」
「へえ」
「何、その顔」
「別に」
「今、へえって言うたやん」
「言うたな」
「バカにしたやろ」
「してへん」
絶対。
してる。
「すず先輩」
後輩が。
後ろから声をかけた。
「次、時間ギリギリになりますよ」
「あ、ごめん!」
鞄から予定表を出す。
「次どこやったっけ」
「ひかり保育園です」
「車で十五分?」
「そのくらいです」
「ほな急ご」
「はい」
予定を確認して。
顔を上げる。
颯真兄ちゃんが。
あたしを見ていた。
「……何?」
「いや」
「何よ」
「先輩なんやな思て」
「…………」
あ。
「そうやで」
なんやろ。
急に。
恥ずかしくなった。
「後輩おるもん」
「へえ」
「また言うた!」
「ええやん」
「しかもな」
言いたくなった。
「今回のプロジェクト、あたしリーダーやねんから」
「…………」
どうや。
驚け。
颯真兄ちゃんの眉が。
少し上がった。
「お前が?」
「その反応ムカつく!」
「いやいや」
笑ってる。
「なんで笑うん!」
「笑ってへん」
「笑ってるやん!」
「仕事中やぞ」
「颯真兄ちゃんが――」
「すず先輩!」
「はい」
後輩の声。
怖い。
「行きますよ」
「……はい」
颯真兄ちゃんが。
吹き出した。
「ほら。リーダー怒られとるぞ」
「うるさい!」
「早よ行け」
「わかってる!」
踵を返す。
二歩。
三歩。
「あ、待って!」
また振り返った。
「颯真兄ちゃん!」
「なんや」
白バイを指差す。
「それ!」
「それ?」
「あとで説明してもらうからな!」
「何を」
「全部!」
「全部てなんやねん」
「とぼけんといて!」
「早よ仕事行け」
「逃げんといてやー!」
「逃げへんわ!」
周りの先生たちが。
こっちを見てる。
園児まで。
見てる。
「…………」
やばい。
あたし。
仕事中やった。
「失礼しました……」
小さく頭を下げて。
逃げた。
「神崎さん」
「…………」
「神崎さん」
「何」
車に乗った瞬間。
後輩が。
にやにやしていた。
「彼氏ですか?」
「ちゃう!」
即答。
「じゃあ、あの人誰ですか?」
「…………」
誰。
そう聞かれると。
困る。
「昔から知ってる人」
「へえ」
「何」
「いや」
エンジンがかかる。
「ずいぶん仲いいなと思って」
「…………」
仲は。
ええ。
たぶん。
でも。
それだけ。
「早よ出して」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
車が走り出す。
窓の外。
園庭が。
少しずつ遠くなる。
白バイが見える。
その横に。
颯真兄ちゃん。
「…………」
まだ。
信じられへん。
白バイ。
颯真兄ちゃんが。
白バイ隊員。
聞いてへん。
何にも。
聞いてへん。
「……アホ」
小さく呟いた。
でも。
口元が。
勝手に緩む。
かっこよかった。
ものすごく。
悔しいくらい。
かっこよかった。
その頃。
「朝倉さん」
「ん?」
一緒に来ていた隊員が。
颯真の横に並んだ。
「さっきの子、知り合いですか?」
「ああ」
「彼女?」
「ちゃうわ」
即答した。
「へえ」
「なんや」
「いや、別に」
「なんやねん」
隊員が笑いながら離れていく。
颯真は。
すずが出ていった門を見る。
社員証を下げて。
資料を抱えて。
後輩に指示を出して。
次の予定を確認していた。
昔。
学校帰りに。
毎日のように交番へ来ていた。
あのすずが。
『今回のプロジェクト、あたしリーダーやねんから』
「…………」
颯真は。
小さく笑った。
「ちゃんと大人になっとるやん」
六年前。
自分が言った言葉を。
思い出す。
――ちゃんと大人になれ。
その時は。
まさか。
本当に。
こんなふうに。
大人になっていくすずを。
自分が見ることになるとは。
思っていなかった。
「朝倉さーん!」
園児に呼ばれる。
「はいはい」
振り返る。
「白バイさわっていいー?」
「勝手に触ったらあかん」
「ちょっとだけー!」
「あかん」
「ケチー!」
「誰がケチや」
子供たちのところへ戻りながら。
颯真は。
もう一度だけ。
門の方を見た。
もう。
すずの姿は。
なかった。
「…………」
あと少し。
六年前。
冗談半分で口にした。
あの約束まで。
あと少しだった。