ゆびきりげんまん
「…………」
足が。
動かへんかった。
店の入口を。
ただ。
見ていた。
颯真兄ちゃんと。
桐谷さん。
二人で。
入っていった。
「…………」
なんで。
今日なん。
この前。
電話したばっかりやん。
白バイのこと。
いっぱい話して。
六年前の約束も。
覚えてるって。
逃げへんって。
言うたやん。
なのに。
なんで。
この人と。
二人で。
飲みに行くん。
「…………」
行こ。
店に入って。
聞いたらええ。
『何してんの?』
って。
いつもみたいに。
颯真兄ちゃんの隣に座って。
『この人誰?』
って。
聞いたらええ。
十六歳のあたしやったら。
絶対。
そうしてた。
だって。
好きやから。
誰にも。
取られたくないから。
「…………」
一歩。
店へ向かって。
足を出した。
でも。
止まった。
あたし。
何するつもりなんやろ。
彼女でもないのに。
颯真兄ちゃんが。
誰とご飯を食べても。
誰と飲んでも。
あたしには。
何も言う権利なんてない。
「…………」
六年前。
この人を見た時。
あたしは。
勝手に焦って。
勝手に嫉妬して。
颯真兄ちゃんに。
いっぱい聞いた。
あの頃は。
子供やった。
でも。
今は。
違う。
『ちゃんと大人になれ』
ずっと。
そう言われてきた。
大人になったら。
好きな人が。
誰といるのか。
気になっても。
知らんふりが。
できるようになるんかな。
「…………」
できるよ。
たぶん。
あたし。
もう。
二十二歳になるんやから。
スマホが。
震えた。
びくっとして。
画面を見る。
会社の後輩。
『すず先輩、明日の集合って9時で合ってます?』
「…………」
仕事。
そうや。
明日も。
仕事。
『9時。遅刻せんといてな』
送る。
すぐ返ってくる。
『了解です!リーダーも寝坊しないでください笑』
「……せえへんわ」
小さく笑った。
スマホをしまう。
もう一度。
店を見る。
中は。
見えへん。
颯真兄ちゃんが。
どんな顔で。
桐谷さんと話してるのかも。
わからへん。
知りたい。
でも。
「……帰ろ」
背中を向けた。
帰りの電車。
窓に。
自分の顔が映っていた。
「…………」
普通。
泣いてへん。
大丈夫。
何にも。
決まったわけやない。
ただ。
二人で飲んでるだけ。
桐谷さんは。
先輩。
六年前だって。
そうやった。
せやから。
今日だって。
きっと。
そう。
「…………」
なのに。
胸が。
痛い。
スマホを開く。
颯真兄ちゃんとのメッセージ。
昨日。
『明日も仕事?』
あたし。
『仕事やで』
颯真兄ちゃん。
『頑張れ』
たった。
それだけ。
指を動かす。
『今どこ?』
打った。
送らへん。
消した。
『誰とおるん?』
消す。
『桐谷さんと何してんの?』
「…………」
消した。
スマホを閉じる。
聞いて。
どうするん。
『飲んどる』
って言われたら?
『桐谷さんと』
って言われたら?
もっと。
嫌になるだけ。
次の日。
「おはようございます」
「おはようございます!」
仕事が始まる。
いつも通り。
「すず先輩、これお願いします」
「そこ置いといて」
「今日の一件目、十時ですよね?」
「うん。資料持った?」
「あ」
「持ってへんやろ」
「今取ってきます!」
「もう!」
後輩が走っていく。
「走らんといて!」
「はい!」
「…………」
笑った。
仕事してれば。
大丈夫。
考えんで済む。
あたしは。
あたしのことを。
ちゃんとやったらええ。
昼休み。
スマホを見る。
颯真兄ちゃんから。
メッセージが来ていた。
『昨日、電話しよう思たけど遅なった』
「…………」
いつもなら。
すぐ返す。
『何時に帰ったん?』
『何してたん?』
『誰とおったん?』
聞きたいこと。
いっぱいある。
でも。
今日は。
『そっか』
それだけ。
送った。
すぐ。
既読になった。
『なんやそれ』
「…………」
『何が?』
『いや』
少しして。
『仕事忙しいんか?』
『うん』
嘘やない。
ほんまに。
忙しい。
『無理すんなよ』
「…………」
優しくせんといてよ。
『ありがとう』
送って。
スマホを伏せた。
その頃。
「朝倉」
「はい」
桐谷が。
缶コーヒーを一本。
颯真に投げた。
「うわっ」
「昨日のお礼」
「俺が払ったんですけど」
「だからお礼」
「一本?」
「文句ある?」
「ないです」
缶を開ける。
桐谷が。
颯真の横に立った。
「で?」
「何がです?」
「昨日の続き」
「…………」
「白バイの話は終わったでしょ」
「はい」
「じゃあ次」
「次?」
「すずちゃん」
「…………」
颯真の手が。
止まった。
「なんで名前知ってんすか」
「六年前に聞いた」
「覚えてたんすか」
「覚えるでしょ。あんな顔でこっち睨んでた子」
「睨んでました?」
「ものすごく」
桐谷が笑った。
「で、まだ『兄ちゃん』なの?」
「……そうですけど」
「六年経って?」
「そうです」
「ふーん」
「なんすか」
「別に」
缶コーヒーを一口飲んで。
桐谷が。
前を向いた。
「昨日もその話になると、急に歯切れ悪くなってたから」
「…………」
「朝倉」
「はい」
「あの子、もう子供じゃないでしょ」
「知ってます」
返事は。
すぐだった。
桐谷が。
横を見る。
「なら、いつまで逃げてんの?」
「…………」
「白バイになる方が簡単だった?」
「それはないです」
「じゃあ、さっさと本人と話しなさい」
「…………」
颯真は。
黙って。
缶コーヒーを見た。
『そっか』
今日の。
すずからの返信。
たった。
三文字。
いつもなら。
もっと。
うるさい。
昨日何してた。
誰とおった。
何食べた。
なんで電話せえへんかった。
聞いてへんことまで。
聞いてくる。
それが。
今日は。
何もない。
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
颯真は。
スマホを取り出した。
すずとの画面を見る。
何か。
引っかかった。
でも。
その時はまだ。
それが何なのか。
わからなかった。
すずが。
六年間。
一度もやめへんかったことを。
やめようとしているなんて。
颯真は。
まだ。
知らなかった。
足が。
動かへんかった。
店の入口を。
ただ。
見ていた。
颯真兄ちゃんと。
桐谷さん。
二人で。
入っていった。
「…………」
なんで。
今日なん。
この前。
電話したばっかりやん。
白バイのこと。
いっぱい話して。
六年前の約束も。
覚えてるって。
逃げへんって。
言うたやん。
なのに。
なんで。
この人と。
二人で。
飲みに行くん。
「…………」
行こ。
店に入って。
聞いたらええ。
『何してんの?』
って。
いつもみたいに。
颯真兄ちゃんの隣に座って。
『この人誰?』
って。
聞いたらええ。
十六歳のあたしやったら。
絶対。
そうしてた。
だって。
好きやから。
誰にも。
取られたくないから。
「…………」
一歩。
店へ向かって。
足を出した。
でも。
止まった。
あたし。
何するつもりなんやろ。
彼女でもないのに。
颯真兄ちゃんが。
誰とご飯を食べても。
誰と飲んでも。
あたしには。
何も言う権利なんてない。
「…………」
六年前。
この人を見た時。
あたしは。
勝手に焦って。
勝手に嫉妬して。
颯真兄ちゃんに。
いっぱい聞いた。
あの頃は。
子供やった。
でも。
今は。
違う。
『ちゃんと大人になれ』
ずっと。
そう言われてきた。
大人になったら。
好きな人が。
誰といるのか。
気になっても。
知らんふりが。
できるようになるんかな。
「…………」
できるよ。
たぶん。
あたし。
もう。
二十二歳になるんやから。
スマホが。
震えた。
びくっとして。
画面を見る。
会社の後輩。
『すず先輩、明日の集合って9時で合ってます?』
「…………」
仕事。
そうや。
明日も。
仕事。
『9時。遅刻せんといてな』
送る。
すぐ返ってくる。
『了解です!リーダーも寝坊しないでください笑』
「……せえへんわ」
小さく笑った。
スマホをしまう。
もう一度。
店を見る。
中は。
見えへん。
颯真兄ちゃんが。
どんな顔で。
桐谷さんと話してるのかも。
わからへん。
知りたい。
でも。
「……帰ろ」
背中を向けた。
帰りの電車。
窓に。
自分の顔が映っていた。
「…………」
普通。
泣いてへん。
大丈夫。
何にも。
決まったわけやない。
ただ。
二人で飲んでるだけ。
桐谷さんは。
先輩。
六年前だって。
そうやった。
せやから。
今日だって。
きっと。
そう。
「…………」
なのに。
胸が。
痛い。
スマホを開く。
颯真兄ちゃんとのメッセージ。
昨日。
『明日も仕事?』
あたし。
『仕事やで』
颯真兄ちゃん。
『頑張れ』
たった。
それだけ。
指を動かす。
『今どこ?』
打った。
送らへん。
消した。
『誰とおるん?』
消す。
『桐谷さんと何してんの?』
「…………」
消した。
スマホを閉じる。
聞いて。
どうするん。
『飲んどる』
って言われたら?
『桐谷さんと』
って言われたら?
もっと。
嫌になるだけ。
次の日。
「おはようございます」
「おはようございます!」
仕事が始まる。
いつも通り。
「すず先輩、これお願いします」
「そこ置いといて」
「今日の一件目、十時ですよね?」
「うん。資料持った?」
「あ」
「持ってへんやろ」
「今取ってきます!」
「もう!」
後輩が走っていく。
「走らんといて!」
「はい!」
「…………」
笑った。
仕事してれば。
大丈夫。
考えんで済む。
あたしは。
あたしのことを。
ちゃんとやったらええ。
昼休み。
スマホを見る。
颯真兄ちゃんから。
メッセージが来ていた。
『昨日、電話しよう思たけど遅なった』
「…………」
いつもなら。
すぐ返す。
『何時に帰ったん?』
『何してたん?』
『誰とおったん?』
聞きたいこと。
いっぱいある。
でも。
今日は。
『そっか』
それだけ。
送った。
すぐ。
既読になった。
『なんやそれ』
「…………」
『何が?』
『いや』
少しして。
『仕事忙しいんか?』
『うん』
嘘やない。
ほんまに。
忙しい。
『無理すんなよ』
「…………」
優しくせんといてよ。
『ありがとう』
送って。
スマホを伏せた。
その頃。
「朝倉」
「はい」
桐谷が。
缶コーヒーを一本。
颯真に投げた。
「うわっ」
「昨日のお礼」
「俺が払ったんですけど」
「だからお礼」
「一本?」
「文句ある?」
「ないです」
缶を開ける。
桐谷が。
颯真の横に立った。
「で?」
「何がです?」
「昨日の続き」
「…………」
「白バイの話は終わったでしょ」
「はい」
「じゃあ次」
「次?」
「すずちゃん」
「…………」
颯真の手が。
止まった。
「なんで名前知ってんすか」
「六年前に聞いた」
「覚えてたんすか」
「覚えるでしょ。あんな顔でこっち睨んでた子」
「睨んでました?」
「ものすごく」
桐谷が笑った。
「で、まだ『兄ちゃん』なの?」
「……そうですけど」
「六年経って?」
「そうです」
「ふーん」
「なんすか」
「別に」
缶コーヒーを一口飲んで。
桐谷が。
前を向いた。
「昨日もその話になると、急に歯切れ悪くなってたから」
「…………」
「朝倉」
「はい」
「あの子、もう子供じゃないでしょ」
「知ってます」
返事は。
すぐだった。
桐谷が。
横を見る。
「なら、いつまで逃げてんの?」
「…………」
「白バイになる方が簡単だった?」
「それはないです」
「じゃあ、さっさと本人と話しなさい」
「…………」
颯真は。
黙って。
缶コーヒーを見た。
『そっか』
今日の。
すずからの返信。
たった。
三文字。
いつもなら。
もっと。
うるさい。
昨日何してた。
誰とおった。
何食べた。
なんで電話せえへんかった。
聞いてへんことまで。
聞いてくる。
それが。
今日は。
何もない。
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
颯真は。
スマホを取り出した。
すずとの画面を見る。
何か。
引っかかった。
でも。
その時はまだ。
それが何なのか。
わからなかった。
すずが。
六年間。
一度もやめへんかったことを。
やめようとしているなんて。
颯真は。
まだ。
知らなかった。