ゆびきりげんまん
誕生日まで。

あと二日。

仕事を終えて。

会社を出る。

「寒っ……」

コートの襟を。

少しだけ上げた。

駅まで。

いつもの道。

いつもの時間。

なのに。

「…………」

最近。

この時間が。

嫌いになった。

一人になると。

考えてまう。

あと二日。

二十二歳。

六年前。

あんなに楽しみにしてた日。

『六年後も同じこと言えたら聞いたるわ』

覚えてる。

一言も。

忘れてへん。

あたしは。

六年間。

ずっと。

同じことを。

言い続けてきた。

颯真兄ちゃんが好き。

結婚するなら。

颯真兄ちゃん。

他の人なんて。

いらん。

今だって。

何にも。

変わってへん。

「…………」

でも。

もう。

言わん方が。

ええんかな。

颯真兄ちゃんには。

颯真兄ちゃんの人生がある。

好きな人が。

いるかもしれへん。

あたしが。

ずっと追いかけてたから。

言えへんかっただけかもしれへん。

そうやったら。

六年前の約束なんて。

「……もう、ええよ」

小さく。

呟いた。

その時。

「何がええねん」

「…………!」

止まった。

顔を上げる。

街灯の下。

壁にもたれて。

一人。

立っていた。

「……颯真兄ちゃん?」

「おう」

「…………」

なんで。

ここに。

白バイの制服じゃない。

普通の服。

でも。

間違えるわけがない。

「何してんの?」

「待っとった」

「誰を?」

「お前以外に誰がおんねん」

「…………」

心臓が。

一気に。

うるさくなった。

「なんで?」

「話あるから」

「電話でええやん」

「よない」

「…………」 

「飯行こ」

「今日は――」

「疲れたから帰る?」

「…………」

先に。

言われた。

「せやったら送る」

「一人で帰れる」

「知っとる」

「ほな――」

「すず」

声が。

少しだけ。

低くなった。

「逃げんな」

「…………」

何それ。

「逃げてんの、颯真兄ちゃんやったやん」

言ってから。

しまったと思った。

でも。

もう遅い。

颯真兄ちゃんが。

黙った。

「…………」

「あたしが近づいたら避けて」

「…………」

「触ろうとしたら逃げて」

「…………」

「仕事のことも何にも言わんと」

「それは――」

「白バイなったことかて、知らんかった」

止まらへん。

ずっと。

言わんようにしてたのに。

「桐谷さんのことかて」

颯真兄ちゃんの顔が。

変わった。

「やっぱそれか」

「…………」

「見てたんやろ」

「誰に聞いたん」

「桐谷さん」

「…………」

なんで。

言うん。

あの人。

「別に」

俯いた。

「何でもない」

「何でもない顔ちゃうやろ」

「何でもないって」

「ほな、なんで俺避けんねん」

「避けてへん」

「避けとる」

「仕事忙しいだけや!」

「嘘つけ」

「嘘ちゃう!」

「ほな俺の顔見て言え」

「…………」

見られへん。

「すず」

「…………」

「こっち見ろ」

「嫌や」

「なんで」

「嫌やから!」

横を。

通り過ぎようとした。

腕を。

掴まれた。

「…………!」

久しぶりだった。

颯真兄ちゃんから。

触られた。

「離して」

「嫌や」

「離してや」

「嫌や」

「颯真兄ちゃん!」

「逃げんな言うたやろ」

「逃げてへん!」

「ほな話せ」

「何を!」

「全部や」

「…………」

昼間。

あたしが。

白バイを指差して。

言った言葉。

『あとで説明してもらうから
な!』

『全部!』

「……ずるい」

「知っとる」

「何なん、それ」

「俺はずるいねん」

「開き直らんといて!」

「せやから」

掴んでいた腕が。

少しだけ。

緩んだ。

でも。

離れへん。

「ちゃんと話す」

「…………」

「桐谷さんは、先輩や」

「知ってる」

「白バイ目指し

てた時から、色々相談乗ってもろてた」

「…………」

「六年前もや」

顔を上げた。

「六年前?」

「あの時も。俺が交通の仕事に興味ある言うたら、色々教えてくれてた」

「…………」

じゃあ。

あの日。

十六歳のあたしが。

勝手に。

大騒ぎした。

あの食事も。

「この前は?」

「仕事の話」

「二人で?」

「二人で」

「飲みに?」

「飲みに」

「…………」

「そこは怒るんやな」

「怒ってへん!」

「怒っとるやん」

「知らん!」

腕を引く。

でも。

離してくれへん。

「ほな」

颯真兄ちゃんが。

あたしを見る。

「なんで店入ってこんかったん」

「…………」

「十六の時やったら、絶対来たやろ」

「……もう子供ちゃうから」

「…………」

「彼女でもないのに、そんなことしたらあかんやろ」

「すず」

「颯真兄ちゃんが誰と飲もうが、あたしには関係ないし」

言いたくない。

こんなこと。

「誰を好きになろうが」

言いたくない。

「誰と付き合おうが」

「すず」

「誰と結婚しようが――」

「ええ加減にせえ」

「…………」

びくっとした。

颯真兄ちゃんが。

あたしを見ていた。

怒ってる。

いや。

違う。

こんな顔。

見たことない。

「勝手に決めんな」

「何を」

「俺の気持ち」

「…………」

「六年間、自分の気持ちは散々押しつけてきたくせに」

「押しつけてへん!」

「押しつけとるわ」

「…………」

「好きや、結婚する、彼女作んな、待っとけ」

「最後のは言うてへん!」

「似たようなもんや!」

「…………」

「それが急に何やねん」

颯真兄ちゃんの手が。

あたしの腕から。

離れた。

離れたのに。

今度は。

逃げられへんかった。

「俺の気持ちも聞かんと」

「…………」

「勝手に諦めんな」

胸が。

鳴った。

「……何、それ」

「そのまんまや」

「わからへん」

「ほな考えろ」

「颯真兄ちゃんが言うてよ」

「まだ言わん」

「なんで!」

「あと二日やから」

「…………」

息が。

止まった。

「覚えてんの?」

「何回聞くねん」

「でも……」

「六年後も同じこと言えたら」

颯真兄ちゃんが。

ゆっくり。

言った。

「聞いたる言うたやろ」

「…………」

覚えてる。

ちゃんと。

一言まで。

「二日後」

颯真兄ちゃんが。

あたしを見る。

「聞いたる」

「…………」

「せやから」

一歩。

近づいた。

「逃げんなよ」

「…………」

六年間。

あたしが。

何度追いかけても。

捕まってくれへんかった人が。

今。

あたしの前に。

立っている。

「……颯真兄ちゃん」

「なんや」

「それ」

「ん?」

「あたしの台詞やったのに」

「知るか」

「ずるい」

「それも聞いた」

「アホ」

「お前に言われたない」

「アホ!」

「はいはい」

笑った。

颯真兄ちゃんが。

笑った。

それだけで。

何週間も。

苦しかった胸が。

少しだけ。

軽くなった。

誕生日まで。

あと二日。

六年前から。

ずっと待っていた日まで。

あと。

二日だった。
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