君とわたしの青春事件簿
本棚の影に立っていた女子生徒は、怯えたように肩を揺らした。

「それ以上、探さないほうがいいよ」

 小さな声なのに、その言葉にははっきりした焦りがにじんでいた。

 美桜は思わず悠真の制服の袖をつかむ。
 すると悠真は一歩前に出て、美桜をかばうようにその女子生徒へ視線を向けた。

「どういう意味だ」

 低く静かな声。
 責めているわけではないのに、空気がぴんと張る。

「わ、わたし……」

 女子生徒はうつむき、震える指でスカートを握りしめた。
 その様子は、とても誰かを脅して楽しんでいる人には見えなかった。

 悠真が問いかける。

「旧校舎の紙も、ここのメッセージも、おまえが書いたのか」

 女子生徒の肩がびくっと跳ねた。
 それだけで、答えはほとんど出たようなものだった。

「……書いた、けど」

 か細い声がこぼれる。

「でも、わたしじゃないの。盗ったのは、わたしじゃない……!」

 美桜は目を見開いた。

「え……?」

 女子生徒は今にも泣きそうな顔で、美桜たちを見た。

「信じてもらえないかもしれないけど、本当なの。わたし、どうしたらいいか分からなくて……だから、気づいてほしかったの」

「気づいてほしかった?」

 美桜が聞き返すと、彼女は小さくうなずいた。

「誰かに……止めてほしかったの」

 図書室の静けさが、いっそう深くなる。
 遠くでページをめくる音がしたのに、ここだけ別の空間みたいだった。

 悠真は表情を変えずに言う。

「最初から順番に話せ」

 冷たく聞こえる声だった。
 けれど急かさず、ただ落ち着いて話せるように待っている。美桜には、それが分かった。

 女子生徒は何度か息を整えてから、ゆっくり口を開いた。

「……わたし、一週間くらい前に、放課後の教室で見ちゃったの。誰かが机の中を探ってるところ」

「顔は見た?」

 悠真がすぐに聞く。

「後ろ姿だけ。すぐ逃げちゃって、ちゃんとは……。でも、その次の日から、いろんな子の持ち物がなくなるようになった」

 美桜の胸がざわつく。
 やっぱり、これは自分だけの話じゃなかった。

「先生に言わなかったのか」

「言えなかったの」

 女子生徒は唇を噛んだ。

「だって、その人……たぶん、わたしの知ってる人だから」

「知ってる人……?」

「確信はない。でも、もし本当にその人だったらって思うと、怖くて」

 消え入りそうな声。
 彼女はずっとひとりで抱えていたのだと分かった。

「じゃあ、どうしてメッセージなんて」

 美桜がたずねると、女子生徒は目を伏せた。

「誰かが気づけば、止まるかもしれないって思ったの。直接言う勇気はなかった。でも、このまま見てるのも嫌で……」

 だから手がかりを置いた。
 だから誰かに追ってきてほしかった。

 美桜はその気持ちが少し分かる気がした。
 怖い。でも見て見ぬふりもできない。そんな揺れる気持ちが、彼女の声ににじんでいた。

「わたし、春宮さんの物がなくなったって知って……このままじゃだめだって思ったの」

「わたしの?」

「ごめんなさい。勝手に巻き込んで」

 彼女は深く頭を下げた。

 美桜は困ったように悠真を見る。
 すると悠真は、しばらく黙って女子生徒を見つめたあと、短く言った。

「ひとつ確認する」

 女子生徒がびくっと顔を上げる。

「おまえは犯人じゃないな」

「ち、違う……!」

「なら、隠してることがある」

 その一言に、女子生徒の表情が固まった。

「……っ」

「たぶんおまえは、誰かをかばってるわけでもない。ただ」

 悠真の目が細くなる。

「犯人が盗む瞬間より前に、もっと大事なものを見てる」

 美桜は息をのんだ。
 女子生徒の顔が、一気に青ざめたからだ。

「な、なんで……」

「メッセージの書き方だ」

 悠真は落ち着いた声で続ける。

「なくしたのは物だけですか。あの言い方は、盗まれた物そのものより、その前後に起きたことを気にしてるやつの言葉だ」

 女子生徒の瞳が揺れる。

「おまえは見たんだろ。誰かが物を盗る前、あるいは盗ったあとに、何をしていたかを」

 沈黙。
 数秒がひどく長く感じた。

 やがて女子生徒は、震える唇を開いた。

「……ノートを」

「え?」

「盗ってたんじゃなくて、最初はノートを見てたの」

 美桜と悠真は同時に彼女を見る。

「机の中から取り出して、何かを確かめるみたいに、ページをめくってた。物を集めてるんじゃない。何かを探してるみたいだった」

 ぞくりとした。

 なくなったのは、ただの私物じゃない。
 犯人は物そのものではなく、その持ち主や中身に目的があるのかもしれない。

「探してるものがある……?」

 美桜がつぶやくと、悠真は静かにうなずいた。

「たぶんな」

 その横顔はいつも通り落ち着いているのに、目だけが鋭く光っていた。

「春宮。この件、思ったより深い」

「……うん」

「でも、ここで引くなら今だ」

 不意に向けられたその言葉に、美桜は少しだけ目を丸くする。
 危ないかもしれないから、そう言ってくれているのだとすぐに分かった。

 だけど。

「引かないよ」

 美桜はまっすぐ悠真を見た。

「ここまで知っちゃったのに、放っておけない」

 一瞬だけ、悠真の目がやわらいだ気がした。

「そう言うと思った」

「え?」

「春宮はそういうやつだ」

 ぶっきらぼうなのに、どこか認めるような言い方だった。
 胸の奥が少し熱くなる。

 そのとき、図書室の扉が遠くで開く音がした。
 女子生徒がはっと振り返る。

「だ、だめ……誰か来る」

「待て。最後に名前だけ」

 悠真の声に、女子生徒はためらってから小さく言った。

「……柊木紗奈」

 それだけ告げると、彼女は逃げるように本棚の向こうへ消えていった。

 あとに残った静かな空気の中で、美桜はそっと息をつく。

「ノートを探してたって、どういうことなんだろう」

「まだ分からない。でも」

 悠真は図書室の窓の外へ目を向けた。

「犯人の目的は、落とし物集めじゃない」

 その声は低く、確信に満ちていた。

「誰かの持ち物の中にある、ある情報を探してる」

 美桜は手の中のシャーペンを握りしめた。
 小さな事件だと思っていたのに、いつの間にかもっと大きな謎の入り口に立っている。

 そして、その隣には悠真がいる。
 冷たく見えるのに、危ないときは必ず前に立ってくれる人が。

「久世城くん」

「なんだ」

「……一緒に、最後まで追いたい」

 悠真は少しだけ目を見開いて、それからすぐいつもの無表情に戻った。

「最初からそのつもりだ」

 短い返事。
 でもその一言が、不思議なくらい心強かった。
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