すべてを失って、すべてを奪った一族のメイドになった。 ――未完成の特許と、三兄弟。

第8話 何もしない?三男坊



皇城邸で働き始めて、

数日が経った。

雨宮灯は、

少しだけメイドらしくなっていた。

ベッドメイク。

以前より速い。

紅茶。

飲める。

アイロン。

焦がさない。

巌蔵のお茶。

「まずい」と言われる。

これは変わらない。

そして。

「…………」

やっと、お昼休憩
灯はリビングを通る

ソファ。

テレビ。

ゲーム機。

その前に、

皇城凪。

朝からいる。

「…………」

午前10時

ゲーム。



ゲーム。

夕方

たぶんゲーム。

夜も

きっとゲーム。

「この人……」

灯は小さく呟いた。

「本当に何もしないわね・・・」

「え、今、俺のことクズだと思った?」

「!」

凪がゲーム画面を見たまま言った。

灯「聞こえてたんですか」

凪「俺、耳いいから」

灯「クズとまでは思っていません」

「“までは”?」

凪が振り返る。

「じゃあ何?」

灯は少し考えた。

「……恵まれた人生だな、と」

凪「オブラート薄っ」

灯「包んだだけ感謝してください」

凪「もっと優しく包んでよ、例えばハグで?」

灯「仕事がありますので」

灯は通り過ぎる。

凪「待って」

灯「嫌です」

凪「まだ何も言ってない!」

灯「凪さんの“待って”の後に、仕事が増えなかったことがありません」

凪「今日は増えないよ」

灯「信用できません」

凪「一緒にゲームやろっ」

灯が止まる。

ゆっくり振り返る。

「…………」

「増えましたね」

凪「仕事じゃないじゃん」

灯「時間を奪われます」

凪「一回だけ」

灯「嫌です」

「もしかして」

凪が笑う。

「ゲーム下手?」

灯「…………」

凪「下手なんだ?」

灯「やったことがないだけです」

凪「へえ」

灯「何です?」

「じゃあ」

コントローラーを持ち上げる。

「これ、クリアできる?」

画面を指す凪

簡単そうなアクションゲーム。

灯は見る。

「……できます」

凪「言ったね?んじゃさークリアできなかったら、俺のお願い一個聞いて」

灯「それ、私には不利益でしかありません」

凪「クリアできたら、俺が何でも一個聞く」

灯が少し考える。

「本当ですか?」

凪「うん、うん」

灯「では」

即答。

「一日、私に話しかけないでください」

凪「…………」

灯「それでお願いします」

凪「待って。それは無理」

灯「何でも一個では?」

凪「人権侵害だよ」

灯「大げさです」

凪「俺の一日からあかりちゃんを奪うんだよ?」

灯「平和になりますね」

凪「俺が平和じゃない」

灯は時計を見る。

灯「では、やめます」

凪「あー! 分かった! やる!」

灯「成立ですね」

凪何か押す

多分難易度変更したのである。

気づかない灯にコントローラーを渡す、

「これ意外と難しいよ」

負けず嫌いの灯「大丈夫です!」

凪「その自信どこから来るの?」

灯は画面を見る。

「こういうのは、タイミングでしょう?」

凪「まあ、そうだけど」

灯「ならできます」

三分後。

GAME OVER

「…………」

灯は画面を見る。

凪は隣で震えていた。

「…………」

「…………ふっ」

灯「笑ったらやめます」

凪「ごめっ……」

灯「笑ってますよね?」

「だって、あかりちゃん……」

凪が腹を抱える。

「敵じゃないところに攻撃してる」

灯「動くからです」

凪「敵は動くよ!」

灯「聞いてません」

凪「普通分かるでしょ!」

灯「もう一回」

凪「負けず嫌いだ」

灯「もう一回です」

凪「はいはい」

二回目。

凪「右!」

灯「分かってます」

凪「それ左!」

「…………」

凪「ジャンプ!」

灯「どれですか!」

凪「そこ、そこそこ、あーー」

GAME OVER

「…………」

凪がソファに倒れた。

「無理、お腹痛い」

灯「うるさいです」

設定まで変えることなかったと思った凪
「才能ないよ、あかりちゃん」

灯「次はいけます」

凪「まだやるの?」

灯「当然です」

凪が灯を見る。

少し笑う。

こういうところ。

妙に真面目で。

妙に負けず嫌いで。

できないことを、

できないままにしておかない。

「…………」

「何です?」

「いや」

凪はまた笑った。

「なんでもない」

灯「もう一回です」

凪「まだやるの?」

灯「当然です」

凪「負けず嫌いだなあ」

凪が笑いながら、もう一度ゲームを開始する。

「今度こそっ」と気合い入れる

凪「はいはい」

灯が操作する。

ジャンプ。

着地。

敵を避ける。

「あ」

その瞬間だった。

画面が一度、止まった。

「……?」

ゲーム画面が消える。

一瞬だけ。

黒い画面に、見慣れない文字列が並んだ。

ERROR

その下に、

数行のコードらしき文字。

灯「何ですか、これ?」

「…………」

凪の顔から笑みが消えた。

本当に、一瞬だけ。

灯「凪さん?」

「あー、バグった」

凪がすぐコントローラーを取る。

「よくあるよ」

灯「ゲームって、こんな画面が出るんですか?」

凪「出る出る、たまにあるよ」

灯「そうなんですか?」

「うん」

軽い。

いつもの凪。

でも。

灯は少しだけ引っかかった。

画面が出た瞬間、凪は驚かなかった。

それどころか。

一瞬で何かを確認していた。

まるで、

何が起きたのか最初から分かっているように。

「…………」

凪「何?」

灯「いえ」

凪「もう一回やる?」

灯「やります」

凪「まだやるんだw」

ゲームが再開する。

灯もそれ以上は聞かなかった。

ただ。

小さな違和感だけが残った

***

五回目。

灯はかなり進んだ。

凪「そこ!」

灯「分かってます!」

凪「今!」

灯「はい!」

凪「ジャンプ!」

灯がボタンを押す。

キャラクターが飛ぶ。

凪「よし!」

灯「行けます!」

凪「そのまま!」

ゴール。

……の直前。

敵。

灯「あ!」

凪「避けて!」

灯「どっち!」

凪「右!右右」

灯が身体ごと右へ傾く。

凪「いや身体は動かさなくていい!」

灯「うるさい!」

凪「ボタン!ボタン!連打連打」

灯「分かってます!」

灯がコントローラーを傾ける。

凪が手を伸ばす。

「ちょ、もう貸して!」

灯「嫌です!」

凪「死ぬって!」

灯「自分でやります!」

凪「あと一機しかない!」

灯「私のです!」

凪「俺のゲーム!」

二人でコントローラーを掴む。子供

灯「凪さん!」

凪「ちょっと貸してって!」

灯「嫌です!」

引っ張る。

「――あ」

灯の身体が傾いた。

ソファへ。

「危な――」

凪が咄嗟に手を伸ばす。

灯が倒れる。

その上へ、

凪。

「…………」

「…………」

止まった。

近い。

灯の顔。

凪の顔。

数センチ。

凪の腕が、

灯の横についている。

いつもなら。

この距離なら、

凪は何か言う。

「可愛い」

とか。

「キスする?」

とか。

冗談みたいに。

いつものように。

でも。

今日は。

「…………」

言葉が出なかった。

灯が見ている。

昨日、

少し恥ずかしそうに笑った顔が、

一瞬頭に浮かぶ。

――ありがとうございます、凪さん。

ドクン。

凪は思うまただ

不整脈?

ではない

「…………」

凪の笑顔が消えた。

灯「凪さん?」

「…………」

近い。

近すぎる。

なぜか、

昨日までと違う。

倒れてから2秒もない

「……危ない危ない」

凪が急に身体を起こした。

「事故、事故、あかりちゃんが渡さないからっw」

灯「凪さんが引っ張ったからでしょう?あと少しだったんです」

凪「ゲームでそんな本気になる?」

灯「負けるのが嫌なんです」

灯も身体を起こす。

ふと見上げる時計・・・

灯「もう、凪さんのせいで昼休み終わってしまったじゃないですか?」

凪「えー、俺のせいなの?・・・」

目があって、吹き出すように
笑う、凪と灯

灯去り際「でも、ま、なんだかんだ楽しかったです。」

「あ、でももうやりませんから、時間が勿体無いです」

凪「待って待って、でも負けたから一個お願い・・・ね?」と笑って見送る凪

いつものように。

負けたらお願いを聞くこと、ここで思い出す灯

午後のの仕事に向かうのであった


***

その日の夜。

灯は仕事を終え、

自室へ戻る途中だった。

リビングの照明が、

まだついている。

「?」

覗く。

ソファ。

凪。

寝ている。

「…………」

昼間あれだけゲームをして、

今度は寝ている。

灯は呆れた。

「本当に何もしない人ね……」

近づく。

気持ちよさそうに寝ている。

「…………」

毛布くらい掛けておこう。

灯が毛布を取る。

灯の手がちょっと止まる。

指。

長い。

綺麗な手。

そう思っていた。

でも。

よく見ると。

指先の一部。

わずかな硬さ。

手首にも、

薄い跡。

「…………」

灯は自分の手を見る。

数日働いただけで、

乾燥した。

手というのは、

何をしているかが意外と出る。

「ゲーム……?」

コントローラーだけで、

こうなるのだろうか。

灯には分からない。

ただ。

何もしない人の手には、

見えなかった。

「…………」

毛布を掛ける。

凪が少し動いた。

「……ん」

「起きました?」

返事はない。

灯が離れようとする。

「……あかりちゃん」

小さな声。

灯が止まる。

「はい?」

返事はない。

寝言?「…………」

灯は少し笑った。

「寝てまで人を呼ばないでください」

返事はない。

「おやすみなさい」

灯は去った。

テーブルには、

凪のノートパソコンが置かれていた。

閉じたまま。

灯は見た。

でも、

触らなかった。

朔夜の研究室で、

少し学んだ。

他人の大切なものへ、勝手に踏み込まない。

そのまま、

部屋へ戻った。

***

翌朝。

灯はリビングへ入った。

「…………」

ソファ。

凪。

まだいる。

灯「凪さん」

「…………」

灯「朝です」

凪「……あと五分」

灯「昨日もここで寝てましたよね?」

凪「育ち盛りだから」

灯「24歳でしょう」

凪「まだ伸びるかもしれない」

灯「どこがです?」

凪「身長?」

灯「もう十分です」

凪が毛布へ潜る。

灯は呆れながら、

テーブルを片づける。

その時。

また気づく。

凪の手。

昨日見た、

指先の薄い硬そうなところ。

そして。

目の下。

薄い隈。

昨日は気づかなかった。

寝ていたはずなのに。

灯は凪を見る。

昼間はゲーム。

夜はソファで寝ている。

朝も寝ている。

なのに。

手には、

何かを長時間している跡。

目にはくま

寝不足。

灯「凪さん」

凪「ん?今日何して遊ぶ?」

灯「あなた、本当はいつ寝てるんですか?」

「…………」

凪の笑顔が、

ほんの一瞬だけ消えかけた。

本当に、

一瞬。

灯が気づいたかどうか。

それは、

凪にも分からなかった。

次の瞬間には。

凪「何それー」

いつもの顔。

凪「俺、めっちゃ寝てるよ?」

灯「そうですか」

凪「うん」

灯「ならいいです」

灯は仕事へ戻る。

凪は、

その背中を見る。

「…………」

笑ったまま。

でも。

目だけは、

笑っていなかった。

雨宮灯。

この屋敷に来て、

まだ数日。

なのに。

見なくていいところまで、見つけ始めている。

凪「……あかりちゃん……怖いなあ」

小さく呟く。

でもその声は、

少しだけ。

楽しそうでもあった。

――第8話・完――

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