【試し読み】年下わんこなパイロットと思いきや、腹黒な雄の愛の罠に絡めとられました【極上のギャップ男子シリーズ】
思わず彼の顔を見ていると、彼はにっこりと微笑んだ。
「僕の顔になにかついていますか?」
「ううん、別に」
彼にとっては慣れてしまっていて、今さらだろう。
「それより、どうして今日ここにいるの?」
「あぁ、いつものホテルがいっぱいで、僕と村瀬機長だけここのホテルに泊まっていたんです」
「そうだったんだ……えっ」
私は慌てて周囲を見回した。
「村瀬機長ならいませんよ。『さぬきうどん堪能する』って言って出ていきましたから」
「そっか、よかった」
わたしは大きく息を吐いて、胸を撫で下ろした。
風早君に見つかっただけでも嫌なのに、村瀬機長にまで見つかったら面倒な上この上ない。きっと家に帰って村瀬機長の妻であり、私の同期で親友の麻友(まゆ)に目撃の一部始終を話してしまいそうだ。
終わったお見合いの話をいつまでも蒸し返されたくない。
そんなやり取りをしていると、先ほどとは違うスタッフがケーキと紅茶を持ってやってきた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
風早くんがお礼を言うと、スタッフの女性の耳が赤くなった。緊張がマックスになったのかカップを持つ手が震えていて、カチャカチャと音を立てていた。
「ありがとうございます」
私が声をかけたものの、視線は風早君に釘づけだ。
さすがにスタッフもプロなので、注文したものを置き終わったら「ごゆっくりどうぞ」と言い残して去った。
「風早君も大変だね」
「ん、なにがですか?」
本人はなんとも思っていないみたいだ。
「ううん、なんでもない。それよりもさっきのことだけど――んぐっ」
口を開いた瞬間、苺が口の中に放り込まれた。ふいだったので、止めることもできずにそのまま咀嚼する。甘酸っぱさに思わず頬が緩む、美味しい。
ここのケーキは地元でも美味しいと評判だ。わたしも好きで何度かご褒美に食べに来たことがある。
「千晴さん、美味しいですか?」
首を傾げながら、私の顔を覗き込んだ。やたら整った顔に至近距離で見つめられて思わず頬が熱を持った。
仕事関係の人にこんな風にドキドキするなんてよくない。
私は必死になって気持ちを落ち着けた。
思いのほか苺が大きかったので、口元を押さえながら無言でうんうんと頷く。
「よかった」
「それで今日は――」
「次はケーキもどうぞ」
さすがに二度目は同じ手は通用しない。私は手で自分の口元を隠して彼の動きを阻止した。
「ははは、さすがです」
彼はなぜだか楽しそうに笑いながら、視線を腕時計にむけた。
「ところで、時間大丈夫なんですか?」
「え?」
私は自分の腕時計を確認して慌てた。一度実家に帰ってから出勤するとなると、そろそろここを出ないといけない。
土曜日だし渋滞していたら、本当にギリギリになる。
「行かなきゃ!」
慌てて隣の椅子に置いていたバッグを手に取る。
「せっかくだから食べてから行って?」
私だって本当はそうしたい。だって苺のケーキは私の好物だ。未練がましくちらっと見ると、それに気付いた風早君が自然に私の口元にケーキを運んできた。
さっき断った手前気まずいけれど、どうしてもケーキの誘惑に勝てなかった。
私は不本意ながら、彼の差し出したひと口サイズのケーキをぱくんと食べてから立ち上がった。
「美味しい」
「残りは僕が食べておきます」
彼はそう言って、私が使ったままのフォークでケーキを食べた。
「あっ」
「どうかしましたか?」
彼はまったく気にしていないようだ。自分だけ意識しているみたいで悔しい。
「ううん、なんでもない。じゃあ、後で」
「はい、気を付けてくださいね」
わたしは慌ただしくテーブルを離れたがすぐに引き返し、バッグの中からお財布を取りだしてテーブルにお金を置いた。
「このくらいいいのに」
風早君はそう言ったけれど、お金のことはちゃんとしておかなければいけない。それに私の方が先輩だ。
「理由もなく年下の男の子におごってもらうわけにはいかないから」
「後輩……ですか」
なんとなく彼の声のトーンがいつもと違うように聞こえた。いつもはっきりとものを言う彼なのにどうしてそんな含みのあるひと言を口にしたのか。