【試し読み】年下わんこなパイロットと思いきや、腹黒な雄の愛の罠に絡めとられました【極上のギャップ男子シリーズ】
「もしもし」
《あいかわらず愛想のかけらもないのね、そんなんで接客業なんてできるの?》
機嫌の悪さが声に出ていたのだろうか。さっそく母の嫌みから始まった。覚悟はしていたものの、うんざりする。
「ごめんね。ちょっと疲れてて。それで今日はどうしたの?」
これは嘘ではない。そして一秒でも早くこの電話を切りたい。
《どうしたの、じゃないわよ。あなたいったいいつまで空飛んでるつもりなの? 不規則な生活は体に毒よ、早く身を固めなさい》
「いつまでって、辞める理由がないもの」
私は一生この仕事を続けるつもりだ。それを言うと話が長くなるから飲み込む。
《理由なんていくらでもあるでしょう。同期で結婚していないのなんて、あなたくらいじゃないの?》
それを言われるとつらい。入社時はたくさんの同期がいた。離職する人は少ない職場だが、結婚出産を機に家庭に入る人が多い。そうなってくると、今残っているのは片手で足りるほどだ。
「どうだろう、みんなそれぞれだよ」
ここから先の内容が頭に浮かんで、ますます気が滅入る。
《そうね。他人の話をしたってしかたないものね。千晴はいったいいつになったら結婚するのよ》
「いい縁があればね」
そう口にしたけれど、今のところその気配は一切ない。
《いい縁もただ待っているだけじゃダメなのよ。わかっているの?》
「うん、わかってるってば」
面倒が先だって、適当な返事をしてしまう。
《言ったわね、いいわ。お見合いをセッティングするから必ず行きなさい》
「絶対に行かないから。もういい加減にして」
これ以上話をしても埒が明かないと思い電話を切った。毎回こうだ、一方的にまくしたててこちらの言い分を一切聞いてくれない。
スマートフォンの画面をにらみつけたところで、どうすることもできない。きっと母は、嬉々として私のお見合い相手を探しているはずだ。
どうしてこんなに結婚、結婚、って言うんだろう……。
いつからだろうか、最初は母もCAとして働くと伝えた時すごく喜んでくれていたのに。でも今振り返ってみれば『これで結婚相手には困らないわね』と言っていた。母からしてみれば、CAという職業も結婚の箔付けくらいにしか思っていなかったようだ。
母が私のことを思って言っているのだということはわかる。だからこそ、きつく言い返せない。でもそもそも価値観が違うのだから、母に私の気持ちを理解してもらうのがそもそも無理というものだ。
どうして仕事を続けたいだけなのに、わかってもらえないのだろうか。
二年前の苦い思い出が脳内に蘇ってきた。
当時付き合っていた人とは交際の延長上に、当たり前に結婚があると思っていた。将来を考えた真剣な交際だった。
最初は尊敬も信頼もできる人だと思っていた。しかし徐々にふたりの間に意見の相違が出てくるようになった。その違和感を決定的にした彼のセリフは今でも一言一句覚えている。
『CAなんて続けてどうするの? 所詮は空飛ぶウェイトレスだろ。俺と結婚すれば働く必要なんてないし、そろそろ辞めて、料理でも習えば?』
これを言われた次の瞬間、私は彼との別れを告げていた。
私がこの仕事に誇りを持っていることを知りながら、平気でこんなことを言うなんて。私を少しも尊重してくれない相手との結婚はどうしても考えられなかった。
それからというもの、恋愛に消極的になった。
この二年間、誰かと付き合うチャンスがなかったわけじゃない。でもなによりも仕事を優先する私にとって、それを犠牲にしても好きになれる相手が見つからなかった。
今でも結婚と仕事、どちらを取るかと言われれば〝仕事〟と即答するだろう。
結婚しても仕事を続けられる。けれどそれは相手の理解が必要だ。そんな相手を見つけるのは、なかなか難しい。
「お母さん、諦めてくれないかな」
お見合い相手は私の仕事に理解をしてくれるだろうか。
元カレのように最初は理解していたとしても、付き合っているうちに不規則で一緒に過ごす時間があまりとれないとわかると、不満を持つようになる可能性も高い。
三十三歳。仕事が楽しい、働いている時の自分が好きだ。
けれどまだ母親からの結婚のプレッシャーをはねのけられる強さは私にはなかった。