学校一の王子様は、私にだけ甘すぎる。
第13話 住んでる世界が違う
「今日、日直の仕事があるから、先に帰ってて」
本当は日直の日ではなかった。それでも茜は、蓮の顔を見ないようにそう告げて、教室に一人残った。
◇
あの記事を見てから、一週間が経っていた。茜は自分でも驚くくらい、それらしい理由をいくつも並べて、蓮との時間を少しずつ減らしていた。
一緒に帰る約束は「委員会がある」で断り、昼休みは「果穂と約束してる」と離れの教室で過ごし、隣の席での何気ない会話にも、以前ほど素直に笑えなくなっていた。
(今のうちに、慣れておかなきゃ)
いつか終わる関係なら、深くなる前に距離を取っておいたほうがいい。そう自分に言い聞かせるたび、胸の奥がぎしぎしと軋んだ。
「茜、最近避けてない?」
誰もいなくなった教室で、果穂が腕を組んで立っていた。
「避けてなんか」
「避けてるよ。一条くんが分かりやすく寂しそうにしてるの、気づいてないの?」
「……気づいてる」
気づかないふりをするのが、精一杯だった。
「なんで急に。あの記事のこと?」
果穂の言葉に、茜は俯いたまま小さく頷いた。
「だって、私なんかが隣にいたら、蓮くんの迷惑になるだけかもしれない」
「それ、蓮くんが決めることじゃないの?」
「分かってる。分かってるけど……」
うまく言葉にできない不安が、喉の奥でせめぎ合っていた。果穂はしばらく黙ったあと、静かに肩をすくめた。
「茜がそう決めたなら、私は無理に止めない。でも、後悔しない選び方をしてね」
◇
教室を出ると、廊下の先で蓮が待っていた。
「日直、終わった?」
「あ……うん」
「送るよ」
「今日はいい。一人で帰りたい気分だから」
自分でも、想像していたよりずっと冷たい声が出た。蓮の表情が、はっきりと曇るのが分かった。
「……何かあった?」
「ううん、何も。ただの気分」
「最近、ずっとそんな感じだけど」
図星を突かれて、茜は思わず視線を逸らした。
「気のせいだよ」
「気のせいじゃない」
蓮の声が、珍しく強くなった。
「あの記事のこと、まだ気にしてる?」
「……」
答えられずにいると、蓮は苦しそうに続けた。
「言っただろ、何も決まってないって」
「決まってなくても、いつか決まるかもしれないんでしょ」
口をついて出た言葉に、自分自身が一番驚いていた。蓮の表情が、はっきりと傷ついたように見えた。
「私と蓮くんじゃ、住んでる世界が違う。最初から分かってたことなのに、忘れそうになってた」
「茜」
「少し、時間がほしい。ちゃんと、自分の気持ち整理したいから」
きっぱりと言い切ると、蓮は何か言いかけて、それを飲み込むように口を閉じた。
「……分かった」
短い返事だけを残して、茜は今度は走らず、いつも通りの速さで昇降口へ向かった。走れば、涙がこぼれてしまう気がしたから。
◇
外に出ると、夕暮れの光が眩しいくらいに差し込んでいた。
(これで、よかったんだよね)
自分に言い聞かせる声は、自分でも呆れるくらい弱々しかった。手のひらの中で、スマートフォンが小さく震える。
画面には、蓮からの短いメッセージが一件。
『ちゃんと、話したい』
茜はしばらくその文字を見つめたまま、指を画面に近づけては、また離すことを繰り返していた。