学校一の王子様は、私にだけ甘すぎる。
第14話 傘も差さずに待っていた
あの日から、蓮とはまともに口を利いていなかった。
隣の席に座っているのに、会話は必要最低限。目も、なるべく合わせないようにしていた。それがどれほど不自然か、自分でも分かっていながら、やめられなかった。
◇
「日向さん、今日も一条くんと帰らないの?」
「うん、ちょっと用事があって」
何度目かの嘘を重ねて、茜は逃げるように昇降口を出た。外は朝から降り続く雨で、傘を差してもなお、肌寒さが骨まで染みるようだった。
校門を出てすぐ、傘も差さずに立ち尽くす人影に気づいて、茜は思わず足を止めた。
「蓮くん……?」
雨の中、蓮は制服のまま、ずぶ濡れで立っていた。前髪から水が滴り落ちているのに、動く様子もない。
「何やってるの、こんなところで」
「待ってた」
「傘も差さずに? いつから」
「……さあ。あんまり、覚えてない」
答える声に、いつもの余裕はなかった。茜は慌てて自分の傘を差しかけたが、蓮はそれをそっと押し返した。
「話、聞いてほしい」
◇
校門脇の軒下に移動して、ようやく雨をしのげる場所に立つと、蓮は俯いたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「茜が距離を置きたい理由、分かってるつもりだった」
「……」
「でも、分かってるつもりで、何もしないのは、違うと思った」
顔を上げた蓮の目は、まっすぐ茜を見つめていた。
「俺の家のことで、茜を不安にさせてるのは分かってる。ちゃんと説明できないことも、たくさんある」
「うん」
「それでも、これだけは言わせてほしい」
一瞬、間があった。雨音だけが、二人の間を埋めている。
「茜のいない毎日なんて、俺には考えられない」
その言葉に、茜の胸が大きく揺れた。逃げ続けていたはずの気持ちが、堰を切ったように溢れ出しそうになる。
「私も……」
言いかけたそのとき、茜のポケットでスマートフォンが鳴った。反射的に確認した画面には、果穂からのメッセージが表示されていた。
『さっき噂で聞いたんだけど、一条くんの婚約、正式発表の日取りがもう決まってるって……本当かな』
◇
画面を見た瞬間、さっきまで溢れそうだった気持ちが、すっと冷えていくのが分かった。
「茜? どうかした」
「ううん、なんでもない」
スマートフォンをポケットに戻す手が、微かに震えていた。
「本当に、なんでもない」
「嘘だ。今、顔色変わった」
「気のせいだよ」
自分でも分かるくらい、声が硬くなっていた。蓮が何か言おうとしたが、茜はそれより先に、一歩後ろに下がった。
「ごめん、今日はもう帰る」
「茜」
「話してくれて、ありがとう。でも、今はまだ、ちゃんと聞ける自信がない」
雨の中に蓮を残したまま、茜は駆け出した。振り返れば、きっとまた戻ってしまう。それが分かっていたから、今度も振り返らなかった。
傘の外側から吹き込む雨が、頬を濡らしているのか、それとも別のものが零れているのか、自分でも分からないまま、茜は走り続けた。