学校一の王子様は、私にだけ甘すぎる。
第15話 俺が、君に選んでほしいんだ
学年末の終業式は、体育館いっぱいの拍手で締めくくられた。
壇上の話が終わり、生徒たちが少しずつ席を立ち始める中、茜は俯いたまま、人の流れに紛れてそっと出口へ向かおうとしていた。
◇
あれから、蓮とはまだきちんと話せていない。会えば気まずさに視線を逸らし、言葉を交わしても上滑りするだけの日々が続いていた。
(今日を最後に、ちゃんと終わらせよう)
そう決めていた。深くなる前に。これ以上、傷つく前に。そうすれば、来年からは何事もなかったみたいに、普通の日常に戻れるはずだった。
「待って」
体育館の出口の手前で、はっきりとした声が背中を呼び止めた。振り返らなくても、誰の声かは分かった。
「茜」
人混みの中、まっすぐこちらへ歩いてくる蓮の姿に、周囲の生徒たちがざわめき始める。
「勝手に終わらせないで」
「……蓮くん、ここ、みんな見てる」
「見られてもいい」
きっぱりと言い切る声に、茜は言葉を失った。蓮は真正面に立ち止まると、まっすぐな目で茜を見つめた。
◇
「だって、私じゃあなたに何もしてあげられない」
ようやく絞り出した声は、情けないくらいに震えていた。
「私なんかが隣にいたら、迷惑になるだけだよ。家柄も、住んでる世界も、全然違うのに」
「逆だよ」
静かな、けれどはっきりとした声だった。
「俺が、茜に選んでほしいんだ」
「え……」
「王子だから、みたいな理由で誰かを選ぶくらいなら、最初からこんな気持ち、抱かなかった」
周囲のざわめきが、少しずつ静まっていく。誰もが息をひそめて、二人の様子を見守っていた。
「俺は、王子だから茜を選んだんじゃない。茜がいたから、茜の王子様になりたかった」
その言葉に、茜の目からは、こらえていた涙がとうとう零れ落ちた。
◇
「一つ、聞いていい?」
涙を拭う茜に、蓮は少し柔らかい声で続けた。
「八年前、雨の日のこと、覚えてる?」
「八年前……?」
戸惑う茜に、蓮はゆっくりと言葉を重ねていく。
「小さな公園で、迷子になって泣いてた男の子に、傘を貸してくれた女の子がいた」
「え……」
「『王子様みたいな顔してるんだから、泣いちゃだめだよ』って、言ってくれたんだ」
その瞬間、茜の頭の中で、ずっと霞がかっていた記憶が、急速に像を結んでいった。近所の公園。雨の日。知らない男の子。自分が咄嗟に差し出した、キャラクターものの安いビニール傘。
「あの時の……」
「うん」
蓮は静かに頷いた。
「あれから、ずっと君を探してた。転校先を選んだのも、日本を選んだのも、本当は全部、もう一度会いたかったからなんだ」
「そんな……ずっと?」
「ずっと。あの日の言葉に、何度も救われてきたから」
◇
「それと、まだ言ってなかったことがある」
蓮は一度深く息を吸って、静かに続けた。
「俺の国は、本当に小さいけど、一応、王家なんだ。だから、色々な事情に巻き込むことになる。それでも」
「それでも?」
「隣にいてほしい。俺の意志で、茜を選びたい」
体育館中の視線が集まる中、蓮はまっすぐに手を差し出した。
「返事、聞かせてくれる?」
茜は震える手を、ゆっくりとその手に重ねた。涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、精一杯の笑顔を作って答える。
「うん。……これからも、私の王子様でいて」
「一生でも?」
「一生でも」
その言葉が終わるより先に、蓮は茜をそっと抱き寄せた。周囲から歓声とも悲鳴ともつかない声が上がる中、茜はようやく、自分の気持ちに嘘をつくのをやめることができた。
窓の外には、春の訪れを予感させる、澄んだ光が差し込んでいた。