学校一の王子様は、私にだけ甘すぎる。
第7話 お姫様抱っこと、確定の二文字
抜けるような秋晴れの下、グラウンドには応援の声が響き渡っていた。
「二年一組、頑張れー!」
茜は借り物競走の順番を待ちながら、隣のコースで準備運動をしている蓮の姿をちらりと見た。体操着姿というだけで、なぜかいつもより眩しく見える。
「日向さん、そろそろ出番だよ」
「あ、うん!」
◇
競技は障害物リレー。ハードルを跳んで、網をくぐって、最後にバトンを次の走者へ渡す。茜の出番は第三走者だった。
「いっけー!」
スタートの合図とともに、茜は思い切り地面を蹴った。ハードルを一つ、二つ跳び越えて、あと少しで網のところ、というところで、足元の砂に小石を踏んでバランスを崩した。
「あ――」
体が大きく傾いで、足首に鋭い痛みが走る。倒れ込む寸前、視界の端に、コース外から誰かが飛び出してくるのが見えた。
「大丈夫か!?」
抱き止められた瞬間、茜は自分がどこにいるのかも一瞬分からなくなった。気づけば、蓮の腕の中に収まっていた。
「あ……蓮、くん?」
「動ける? 足首、どんな感じ」
試しに動かそうとすると、鈍い痛みが走った。顔をしかめる茜を見て、蓮の表情がわずかに強張る。
「無理しないで」
◇
次の瞬間、体がふわりと浮いた。
「――え? え、ちょっと!?」
気づいたときには、茜は蓮に横抱きにされていた。グラウンド中の視線が、一斉にこちらに集まる。
「歩けそうにないなら、これが早い」
「お、下ろして! みんな見てる!」
「見られて困る理由がある?」
「あるよ、めちゃくちゃあるよ!」
抗議も虚しく、蓮はそのままグラウンドの端、保健係が待機しているテントまで、まっすぐ歩いていく。周囲からは「うそ、お姫様抱っこ!?」「なにあれ、漫画!?」という悲鳴に近い歓声が上がっていた。
「日向さん、羨ましすぎるんだけど!」
見知らぬ後輩らしき女子の声まで聞こえてきて、茜は羞恥のあまり顔を蓮の胸元に埋めた。
「そんなに恥ずかしい?」
「恥ずかしいよ……こんなの、目立ちすぎ」
「目立ってもいい。俺は、茜が痛いのを我慢してる方が嫌だから」
耳元でそう言われて、羞恥心とは別のものが胸の奥からこみ上げてくる。茜はそれ以上、何も言い返せなくなってしまった。
◇
保健係のテントで湿布を巻いてもらう間、蓮はずっと隣に座って離れなかった。
「大したことなくてよかった」
「うん、ただの捻挫だって。びっくりさせてごめんね」
「謝ることじゃない」
湿布の上からそっと足首に触れる蓮の手つきは、驚くほど優しかった。茜はその手を見つめながら、さっきの言葉を思い返していた。
――俺は、茜が痛いのを我慢してる方が嫌だから。
(誰にでも、なんて、もう思えないよ)
テントの外では、まだ体育祭の歓声が続いている。近くを通りかかったクラスメイトたちが、こちらをちらちらと見ながら、何か囁き合っているのが聞こえた。
「二人、いつからあんな感じなの?」
「知らない。でも今ので確定でしょ」
確定、という言葉が妙に耳に残った。何が確定したのか、自分でもまだはっきりとは言葉にできない。それでも、湿布を巻き終えた足首よりも、胸の高鳴りのほうがずっと治まりそうになかった。
「ねえ、蓮くん」
「うん?」
「今日のこと、忘れないでね」
自分でもよく分からない言葉が、口からこぼれ落ちていた。蓮は一瞬きょとんとしたあと、めずらしく声を出して笑った。
「忘れるわけ、ないでしょ」
テントの外から差し込む秋の光が、二人の間をやわらかく照らしていた。