私にだけ素顔をみせる営業部主任の雨風くん。
「ここで歌ってる以外の、最後の記憶は?」
「え? 仕事してたけど。普通に」

「職場からここに来るまでの記憶はない?」
 問われて、ハッとする。
「ない……かも」
 彼が、真剣な表情で言った。
「ということは、きみは職場で亡くなった可能性がある」
「職場で……」
 死んだの? 私が?
 けれども、何ひとつ心当たりがない……。

「職場はどこなの」
「F市の、パール化成」
 彼の眉がぴくりと動いた。
「なんだって?」
「だから、パール化成。化粧品の……」
「俺もだよ」

 被せるように彼が言ったので、私は目を丸くした。さあっと血の気が引く。

 ――同じ会社ですって? 

 同僚には絶対趣味バレしたくない私は、思いっきり焦ってしまう。
 職場からここまで、電車で一時間以上離れているから大丈夫だろうとタカを括っていた……。

「て、適当なことを言わないでよ。同じ会社なら顔くらい知ってるはず……」

「――申し遅れましたがこういう者です」

 彼が、胸ポケットから名刺を取り出してこちらに印刷面を見せてきた。

 株式会社パール化成工業営業部副主任・篠生(しのう)雨風(あめかぜ)。

 雨風。この手の変わった名前は今時そう珍しくないけど、それにしても妙なネーミング。暴風雨の日にでも生まれたのかしら。

 ――それはさておき。名刺には見慣れた薄紫色のロゴマークが印刷されていて、眩暈がした。私のと同じデザインの名刺。なるほど。営業部所属なら、システム部の私とは面識がなくてもおかしくない。

 同僚だとわかっていたら、声をかけなかったのに。
 最悪な状況に頭を抱えたくなる。
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