『飛鳥の皇子は、私の“残業”を許さない』
第1話:転生采女はスローライフを送りたい(ただし職場はブラック宮廷)
1.目覚めれば飛鳥




「――(たちばな)さん、クライアントから緊急の仕様変更が入りました! 明朝九時の役員会議までに、システム全体の進捗管理表(ガントチャート)と予算の見直し、全部やり直してください!」

「橘さん、開発チームが『こんなタイトな納期じゃバグのデバッグが終わらない』ってボイコット寸前です!」

「橘さん!」

「橘さん!」

鳴り止まないチャットツールの通知音。視界の端でチカチカと明滅する、真っ赤なエラーログ。

私の前世の名前は橘結衣(たちばなゆい)、二十七歳。都内の中堅IT企業でプロジェクトマネージャー(PM)をしていた。

仕事は好きだった。けれど、世間がいわゆる『デスマーチ』と呼ぶ、終わりのない炎上案件の泥沼に引きずり込まれてからは、人間らしい生活なんてどこかへ消し飛んでいた。


三日連続の徹夜。最後に固形物を食べたのがいつだかも思い出せない。胃を刺激するためだけに流し込む冷え切ったブラックコーヒーと、気休めにもならない栄養ドリンクの空き缶が、デスクの隅にピラミッドのように積み上がっている。

午前三時。キーボードを叩く自分の指先が、まるで他人のもののように感覚を失っていくのが分かった。まぶたが、鉛のように重い。


(……ああ、ちょっとだけ。一分だけ、目を閉じさせて……)


デスクに突っ伏した瞬間、頭の芯が急激に冷えていくのを感じた。心臓が、雑巾を絞るようにきゅっと収縮し、そのまま動かなくなる。それが、私の「前世」の最期の記憶だった。


< 1 / 9 >

この作品をシェア

pagetop