『飛鳥の皇子は、私の“残業”を許さない』



「――おい、橘の(より)! 遊んでいる暇があるなら、その算木(さんぎ)をこちらへ回せ! 隋の使者を迎える宴の予算表が、まだ一枚も終わっておらん!」


鼓膜を震わせる怒号に、私はガバッと跳ね起きた。

冷たいオフィスのデスクではない。手のひらに触れるのは、ざらついた木の床。鼻を突くのは、エアコンの匂いではなく、青臭いイグサと、どこか煤煙くさいお香の香りだ。


「はいっ! ただいま!」


条件反射で叫びながら、私は手元の四角い木の棒――古代の計算道具である『算木』を掴み、猛然と木簡(もっかん)を並べ替えた。

麻の袖が邪魔で仕方がなかったので、手慣れた動作でタスクをこなす合間に、それをタスキで器用にたくし上げる。


おかしい。私は死んだはずだ。二十七歳、過労死という最高に不名誉な形で人生のエンディングを迎えたはずだった。

なのに、次に目が覚めたとき、私は千四百年ほど昔の飛鳥時代――推古天皇が治める小墾田宮(おはりだのみや)にいた。地方の弱小豪族から宮廷へと差し出された女官、すなわち『采女(うねめ)』の「橘の依」として、第二の人生をスタートさせていたのだ。


目覚めた直後、私は飛鳥の澄み切った青空を見上げて、涙を流しながら固く誓ったものだ。


『神様、チャンスをありがとう。今世こそ、絶対に汗水流して働いたりしない。定時で帰って、のんびり和風スローライフをエンジョイしてやるんだから!』

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