ことほぎの祈り
それから担任の長い自己紹介や連絡事項が終わった後の放課後。
私はひとり黙々と教科書をリュックに詰めていた。新学期特有の、あの浮足立った雰囲気がどうしても苦手だ。
周りのクラスメイトが「何部入る?」「連絡先交換しようよ!」と盛り上がれば盛り上がるほど、私の周りだけ冷たい空気が流れているような気がして思わず身を縮めてしまう。
(私には……そんな風に気軽に友達を作る資格なんてないんだから)
幼い頃から私を苦しめてきた体質のせいで、私に関わった人はみんな不幸になる。
中学生の時に告白してくれた男の子達の青ざめた顔や、その後に流れた陰湿な噂が脳裏をよぎり、胸がぎゅっと締め付けられた。
誰かと仲良くなりたいという気持ちを抑え込み、一刻も早くこの場から立ち去ろうとした、その時だった。
「琴葉ちゃんっ!」
聞き慣れた明るい声とともに、風を切るような勢いで保名が私の席へ滑り込んできた。
満面の笑みで突き出されたスマホの画面には、人気のカップル系配信者がカメラの前で仲良くゲーム実況をしながらイチャイチャする動画が映っている。
「……何を見せられてるの?」
あきれ顔で尋ねる私に、保名は唇を尖らせて不満そうに叫んだ。
「ドライ〜!そろそろみんなに琴葉ちゃんの存在言いたい〜」
「やだー」
「え、なんでー!?撮ろうよ〜!顔はお面とかで隠すからさ〜」
クラスメイトの視線がチラチラと集まるのを感じ、私は逃げるように勢い良く教室を飛び出す。
「あ、待ってよ琴葉ちゃん〜!」
後ろから追いかけてくる保名の情けない声を背中に受けながら、私は一度も振り返らずに下駄箱へ走り抜け、逃げ込むようにして新居の家へと駆け込んだ。
✳✳✳
「本当にお願いします!」
「そ、そこまでして出てほしいの?」
リビングの床に勢いよく額を擦り付け、必死にすり寄ってくる保名を見下ろしながら、私は引いた足を踏みとどまらせた。
そこまでされたら、呆れを通り越して頭が痛くなってくる。
「だって〜、琴葉ちゃんが配信に出てくれたら絶対リスナーも大喜びやし、何より俺が琴葉ちゃんと一緒に動画撮りたい!あとカップル系配信者なりたい!」
「絶対最後のが本音でしょ!」
呆れ顔で息を吐く私を、保名はずりずりと床を這いながら、期待に満ちた大型犬のような目で見上げてきた。
普段は陰湿な呪いすら祓うような頼もしい土御門家の跡取りなのに、私と二人きりになると途端にこの甘えん坊ぶりだ。
ずるいと思う。そんな目で見つめられたら、断れるはずがないじゃないか。
「う、しょうがないな〜」
私が折れた瞬間、保名はパァァと満面の笑みを浮かべて跳ね起きた。
そして自分の部屋から三脚を取り出し、スマホをセットして撮影の準備を始める。
「よし、カメラオッケー」
「え、今から!?」
「善は急げってやつやで〜」
「心の準備が……!」
私の焦りなど露知らず、保名は手際よく画面の角度を調整していく。
「じゃあ、準備ええ?3、2、1……!」
保名がスマホの録画ボタンを押した瞬間、私の心臓はドキンと跳ね上がった。
「やほやほ、みんな元気〜?今日はなんと……ついに、俺の『特別なお相手』を初お披露目しちゃいまーす!」
テンション高くカメラに手を振る保名。
隣でガチガチに緊張している私に、彼はグッと親指を立てた。
もちろん、私の顔には事前に保名が用意していた、コミカルな猫のイラストのお面が被せられている。
素顔が映る心配はないと分かってはいても、画面の向こうに無数の人間がいると思うと足の先から冷たくなっていくような感覚がした。
「多分サムネとか色々工夫するけど、じゃじゃーん!えーっと、名前どうしよ」
「本名じゃダメなの?」
「あかんよ!名前から住所とか身元特定されて襲われたら許せん!」
保名は急に真顔になって力説すると、人差し指をピンと立ててひらめいたように言った。
「せや、婚約者のK!保名のKやから、保K!」
「えへへ、なにそれー」
あんまりにも安直で妙なネーミングセンスに、緊張がほぐれてつい笑ってしまう。
「よっしゃ、決定!」
保名は再びカメラに向き直り、パッと完璧なプロ顔負けのアイドルスマイルを作った。
私もつられるようにしてお面越しに言葉を重ねる。
「保名に頼まれた時だけ出るからよろしくね〜」
緊張をごまかすように、カメラへ向けてぎこちなくピースを作ってみせる。
「やばぁい、全国で保Kちゃんがモテちゃうー!」
ギュッと抱きしめてくる保名。
「ちょ、恥ずかしいから抱きつかないで……!」
お面の下で顔が火が出そうなほど真っ赤になるのを感じながら、私は必死で保名の背中をぽんぽんと叩いて抗議した。
……だが、それがどうやら完全に逆効果だったらしい。
私が抱きしめ返してくれたと都合よく勘違いした保名は、愛おしそうに一層強く力を込めた。
「えー?照れてる保Kちゃん可愛すぎるのが悪いんやで〜!ほら、カメラに向かって最後にもうひと言お願い!」
笑顔でせがまれ、私はぎこちなくカメラへ向かって手を振る。
「え、えーっと……これからたまに登場すると思うけど、温かく見守ってくれたら嬉しいです……!」
絞り出すように言った私の一言に、保名は「満点!」と叫んで録画ボタンをタップして撮影を終了させた。
「完璧やん琴葉ちゃん!めっちゃ可愛かったで!」
「疲れた〜……」
安堵の溜息をつきながら猫のお面を外すと、数回しか喋ってないのに、どっと疲れが押し寄せてきた。
「よし、さっそく編集入るからな〜!」
保名は意気揚々と自分のスマホをパソコンに繋げ、楽しそうに作業を始める。
画面に向かって集中している彼の表情は真剣そのもの。
学校では女子から圧倒的にモテて、家柄も良くて、陰陽師としての才能もあって。
その上、自分の『好き』や『やりたいこと』に向かって、誰に何を言われても真っ直ぐ突き進むことができる。自分に自信が持てず、周囲の目を気にしてばかりの私とは大違いだ。
普段はお調子者で呆れさせてばかりなのに、自分の『好き』に向かって真っ直ぐ突き進む姿は、正直ちょっとだけカッコいい。
「琴葉ちゃん、サムネも超可愛くしたるからな!」
「えへへ、嬉しいかも。あ、保名、ご飯できたら食べる?」
「食べる!琴葉ちゃんの手料理最高〜!」
屈託のない笑顔で答える保名に、私も口元が緩む。
私はその隙に夜ご飯の準備をしようと、キッチンへ向かった。
冷蔵庫を開けると、昨日の残りの野菜と賞味期限が近い豆腐が目に入った。
「今日は簡単に麻婆豆腐でいっか……」
フライパンを用意し、手際よくネギをきざんでいく。
私はひとり黙々と教科書をリュックに詰めていた。新学期特有の、あの浮足立った雰囲気がどうしても苦手だ。
周りのクラスメイトが「何部入る?」「連絡先交換しようよ!」と盛り上がれば盛り上がるほど、私の周りだけ冷たい空気が流れているような気がして思わず身を縮めてしまう。
(私には……そんな風に気軽に友達を作る資格なんてないんだから)
幼い頃から私を苦しめてきた体質のせいで、私に関わった人はみんな不幸になる。
中学生の時に告白してくれた男の子達の青ざめた顔や、その後に流れた陰湿な噂が脳裏をよぎり、胸がぎゅっと締め付けられた。
誰かと仲良くなりたいという気持ちを抑え込み、一刻も早くこの場から立ち去ろうとした、その時だった。
「琴葉ちゃんっ!」
聞き慣れた明るい声とともに、風を切るような勢いで保名が私の席へ滑り込んできた。
満面の笑みで突き出されたスマホの画面には、人気のカップル系配信者がカメラの前で仲良くゲーム実況をしながらイチャイチャする動画が映っている。
「……何を見せられてるの?」
あきれ顔で尋ねる私に、保名は唇を尖らせて不満そうに叫んだ。
「ドライ〜!そろそろみんなに琴葉ちゃんの存在言いたい〜」
「やだー」
「え、なんでー!?撮ろうよ〜!顔はお面とかで隠すからさ〜」
クラスメイトの視線がチラチラと集まるのを感じ、私は逃げるように勢い良く教室を飛び出す。
「あ、待ってよ琴葉ちゃん〜!」
後ろから追いかけてくる保名の情けない声を背中に受けながら、私は一度も振り返らずに下駄箱へ走り抜け、逃げ込むようにして新居の家へと駆け込んだ。
✳✳✳
「本当にお願いします!」
「そ、そこまでして出てほしいの?」
リビングの床に勢いよく額を擦り付け、必死にすり寄ってくる保名を見下ろしながら、私は引いた足を踏みとどまらせた。
そこまでされたら、呆れを通り越して頭が痛くなってくる。
「だって〜、琴葉ちゃんが配信に出てくれたら絶対リスナーも大喜びやし、何より俺が琴葉ちゃんと一緒に動画撮りたい!あとカップル系配信者なりたい!」
「絶対最後のが本音でしょ!」
呆れ顔で息を吐く私を、保名はずりずりと床を這いながら、期待に満ちた大型犬のような目で見上げてきた。
普段は陰湿な呪いすら祓うような頼もしい土御門家の跡取りなのに、私と二人きりになると途端にこの甘えん坊ぶりだ。
ずるいと思う。そんな目で見つめられたら、断れるはずがないじゃないか。
「う、しょうがないな〜」
私が折れた瞬間、保名はパァァと満面の笑みを浮かべて跳ね起きた。
そして自分の部屋から三脚を取り出し、スマホをセットして撮影の準備を始める。
「よし、カメラオッケー」
「え、今から!?」
「善は急げってやつやで〜」
「心の準備が……!」
私の焦りなど露知らず、保名は手際よく画面の角度を調整していく。
「じゃあ、準備ええ?3、2、1……!」
保名がスマホの録画ボタンを押した瞬間、私の心臓はドキンと跳ね上がった。
「やほやほ、みんな元気〜?今日はなんと……ついに、俺の『特別なお相手』を初お披露目しちゃいまーす!」
テンション高くカメラに手を振る保名。
隣でガチガチに緊張している私に、彼はグッと親指を立てた。
もちろん、私の顔には事前に保名が用意していた、コミカルな猫のイラストのお面が被せられている。
素顔が映る心配はないと分かってはいても、画面の向こうに無数の人間がいると思うと足の先から冷たくなっていくような感覚がした。
「多分サムネとか色々工夫するけど、じゃじゃーん!えーっと、名前どうしよ」
「本名じゃダメなの?」
「あかんよ!名前から住所とか身元特定されて襲われたら許せん!」
保名は急に真顔になって力説すると、人差し指をピンと立ててひらめいたように言った。
「せや、婚約者のK!保名のKやから、保K!」
「えへへ、なにそれー」
あんまりにも安直で妙なネーミングセンスに、緊張がほぐれてつい笑ってしまう。
「よっしゃ、決定!」
保名は再びカメラに向き直り、パッと完璧なプロ顔負けのアイドルスマイルを作った。
私もつられるようにしてお面越しに言葉を重ねる。
「保名に頼まれた時だけ出るからよろしくね〜」
緊張をごまかすように、カメラへ向けてぎこちなくピースを作ってみせる。
「やばぁい、全国で保Kちゃんがモテちゃうー!」
ギュッと抱きしめてくる保名。
「ちょ、恥ずかしいから抱きつかないで……!」
お面の下で顔が火が出そうなほど真っ赤になるのを感じながら、私は必死で保名の背中をぽんぽんと叩いて抗議した。
……だが、それがどうやら完全に逆効果だったらしい。
私が抱きしめ返してくれたと都合よく勘違いした保名は、愛おしそうに一層強く力を込めた。
「えー?照れてる保Kちゃん可愛すぎるのが悪いんやで〜!ほら、カメラに向かって最後にもうひと言お願い!」
笑顔でせがまれ、私はぎこちなくカメラへ向かって手を振る。
「え、えーっと……これからたまに登場すると思うけど、温かく見守ってくれたら嬉しいです……!」
絞り出すように言った私の一言に、保名は「満点!」と叫んで録画ボタンをタップして撮影を終了させた。
「完璧やん琴葉ちゃん!めっちゃ可愛かったで!」
「疲れた〜……」
安堵の溜息をつきながら猫のお面を外すと、数回しか喋ってないのに、どっと疲れが押し寄せてきた。
「よし、さっそく編集入るからな〜!」
保名は意気揚々と自分のスマホをパソコンに繋げ、楽しそうに作業を始める。
画面に向かって集中している彼の表情は真剣そのもの。
学校では女子から圧倒的にモテて、家柄も良くて、陰陽師としての才能もあって。
その上、自分の『好き』や『やりたいこと』に向かって、誰に何を言われても真っ直ぐ突き進むことができる。自分に自信が持てず、周囲の目を気にしてばかりの私とは大違いだ。
普段はお調子者で呆れさせてばかりなのに、自分の『好き』に向かって真っ直ぐ突き進む姿は、正直ちょっとだけカッコいい。
「琴葉ちゃん、サムネも超可愛くしたるからな!」
「えへへ、嬉しいかも。あ、保名、ご飯できたら食べる?」
「食べる!琴葉ちゃんの手料理最高〜!」
屈託のない笑顔で答える保名に、私も口元が緩む。
私はその隙に夜ご飯の準備をしようと、キッチンへ向かった。
冷蔵庫を開けると、昨日の残りの野菜と賞味期限が近い豆腐が目に入った。
「今日は簡単に麻婆豆腐でいっか……」
フライパンを用意し、手際よくネギをきざんでいく。