ことほぎの祈り
第二章、保名
保名
「え~~!土御門くんと同居しているって、どういう……むぐっ!」
「しー!真依ちゃん、声が大きいよぅ!」
その日の翌日、私は学校で初めての友達である真依ちゃん、相良真依ちゃんに全てを打ち明けた。
真依ちゃんは一房だけ赤いリボンを付けているボブがよく似合う可愛い女の子。
高校生になってから知り合って、裏表がない性格の真依ちゃんは私にとって頼れる姉のような存在であり、お互いに悩みを相談し合える唯一の友達。
「そっか〜、許嫁ねぇ……」
「うん。今どき許嫁とか何時代やねん!って話だよね」
「で、その許嫁と高校入学と同時に二人きりで同居中、と……」
「わわっ、ちょっと真依ちゃん!」
私は慌てて、真依ちゃんの口を塞ごうとした。
真依ちゃんはそんな手をヒョイとかわして、
「ごめんごめん。他の女子に聞かれたら琴葉の学校生活、終わるもんね」
なんて、恐ろしいことをさらりと言った。
(うぅ……でも、真依ちゃんの言ったことは本当なんだよねー)
保名は、入学してまだ一ヶ月だというのに、すでに校内の女子生徒達の憧れの的として頂点に君臨しているのだから。
彼の整った和風の顔立ちと、少し軽やかで親しみやすい関西弁、そして時折見せる真剣な眼差し。
それらにノックアウトされた女子ファン集団は毎日結成され、保名の最新情報を目ざとくチェックしているらしい。
「真依ちゃんの言う通り、ファンクラブの人達に目をつけられたら学校では生きていけないよ……」
保名ファンクラブは、『保名くんに近づく女の子は絶対に許さない』という恐ろしいスローガンを掲げていることで有名だった。
そんな殺気立った集団に、もし私と保名が同じ一軒家で暮らしていることがバレてしまったら……。
(か、考えただけで怖すぎる!!)
でももし、何かの拍子で同居がバレてしまったら?
確実にその人達に裏に呼び出されて、酷い目に遭わされてしまうかも……。
「絶対にバレないようにしないと!」
改めて、心に誓う。
「一応ね、同居していることは学校では絶対に秘密にしよう!って、保名とも約束したんだけど……」
思い出すのは、数日前に保名と繰り広げた不毛な押し問答だ。
保名が動画配信で放った『保K』というキーワード(名前を決める時、うっかり保名が口を滑らせて婚約者と言ってしまったのだ)がネット上でバズり、学校内でも「保Kって誰!?」とファンクラブが目の色を変えて探し回っていた。
危機感を覚えた私は、『私が保Kであること、そして許嫁だということを学校では絶対に秘密にする』という条件を突きつけた。
『えー、なんで隠すん〜? 俺はお披露目したいのに〜』と駄々をこねる保名を正座させて小一時間説教し、ようやく承諾させた。
おかげで今日まで、奇跡的にバレずに過ごせている。
「でもさ、あの土御門くんと家で二人きりって……正直、何も起きないの?」
真依ちゃんがニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ、身を乗り出して私の顔に急接近してきた。好奇心に満ちた目がキラキラと輝いている。
「そこは大丈夫。もし万が一何かあったら、保名は当主様―――保名のお父さんに鳴門海峡の渦に沈められてるから!」
「そ、そうなんだ……」
真依ちゃんは引きつった笑いを浮かべつつも、納得したようにコクコクと頷いた。
「あれは必殺技だよ。必ず殺す技」
「陰陽師って、怖いね」
「普段は物腰がめっちゃ柔らかいし丁寧だよ。怒ると怖いけど」
「まあでも、それなら一応安心なのかな?保身のためにも土御門くんは手出しできないってことだし」
「そうそう!だから家では平和そのもの……と言いたいんだけど、保名の手料理のレパートリーが無駄に豊富だったり、私の好みを把握しすぎてて別の意味でやりづらいっていうか……」
「なにそれ、惚気?」
「惚気じゃないよ!?」
その時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。
画面を見ると、そこにはお母さんからのメッセージが表示されていた。
『琴葉。放課後、土御門家の本家に寄ってきてほしいの。ご当主様からのお呼び出しだから、失礼のないようにね』
✳✳✳
とりあえず保名に先に帰っておいてと伝えてからバスに揺られて土御門へ向かった。
目的地の山の麓にあるバス停で降り、鬱蒼と茂る木々に囲まれた山道を歩く。
地元では『霊山』と呼ばれているこの山全体には、常人には見えない強力な結界が張り巡らされていて、どんな悪霊も近づくことすらできない。
かつて、平安時代に猛威を振るったかの有名な大妖怪『酒吞童子』。
それを封印したのが土御門のご先祖様であり、代々その強力な結界を守り続けていくことこそが、今の土御門家に課せられた重大なお役目なんだって。
もしも、この結界が壊れるようなことがあれば―――。
この山に封印されている数々の恐ろしい悪霊や妖怪たちが、一斉に世に解き放たれてしまうことになってしまう。
しばらく歩いていると、目的地が見えて来た。
敷地の周りは重厚な黒塗りの木の塀で囲まれており、歴史を感じさせる立派な門をくぐると、外界の喧騒が嘘のように消え去り、静寂が支配する特別な空間が広がっていた。
玄関へと続く道には、平らで丸みのある敷石が規則正しく並べられており、竹柵の向こう側には手入れされた松や色とりどりのお花が咲いている。
(いつ来ても仰々しいよね……ここ)
玄関へと続く敷石を進むと、庭の隅に置かれた石灯籠が目に留まる。
今は昼間なので静かに佇んでいるだけだが、夜になれば明かりが灯り、足元をぼんやりと優しく照らすのだろう。
玄関のインターホンを押し、「桜木琴葉です」と声を掛けると、間もなくしてガラガラと玄関扉が開いた。
出迎えてくれたのは、十歳くらいの愛らしい和服姿の女の子だった。艶やかな黒髪に、鮮やかな赤い着物がよく映えている。
「一子ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、琴葉さん。主様の部屋まで案内します」
一子ちゃんはそう言うと、小さな身体で丁寧にお辞儀をし、静かに靴を揃えるよう視線で促した。
「どうぞ、こちらへ」
足音をほとんど立てずに長い廊下をすい〜っと進む一子ちゃんの後ろを、私は静かに追う。
廊下を進んで角を曲がっていくと、とある部屋の前でスゥーと消えてしまった。
滑らかに音を立てて襖を開くと、部屋の中に漂うお香の甘い香りが鼻をくすぐった。
「失礼します……」
声をかけながら一歩中へ足を踏み入れると、そこは畳の香りが残る広々とした和室だった。
部屋の奥には立派な掛け軸がかかった床の間があり、文机で書き物をしていた着物姿の男性が一人。彼こそが土御門家現当主であり、保名のお父さんだ。
「いらっしゃい、琴葉さん」
その傍らには、先ほど廊下で消えたはずの一子ちゃんが、何事もなかったかのようにちょこんと控えていた。
「ごめんね、琴葉さん。ちょっと手が離せなくて、一子に迎えをお願いしたんだけど……」
「いえ、全然大丈夫です!案内してくれてありがとうございました」
私は学校のカバンから、来る途中で買っておいた金平糖が入ったガラスの小瓶を取り出し、一子ちゃんにそっと手渡した。
「はい、案内してくれたお礼」
「ありがとうございます」
一子ちゃんは小瓶を両手で大切そうに抱えると、嬉しそうに少し表情を明るくした。
式神だからか淡々としているが、甘いものに目を輝かせる姿は年相応の可愛らしさがある。
式神の姿や能力は、作り手である術者の霊力と技術によって大きく左右される。
動物や札のような喋らない式神を作るだけでも高度な技術が必要なのに、このように人間と見分けがつかない身体を持ち、意思疎通ができる式神を生み出せるのは、日本広しといえども土御門家の当主様くらいのものだ。
「一子、琴葉さんにお茶を淹れて来てくれるかな」
「はい、主様」
深々とお辞儀をした一子ちゃんは、パタパタと袖を振りながら足音を立てずに部屋を辞していった。
「一子ちゃん、本当に可愛いですね。式神だなんて、言われないと気づかないくらいです」
用意されていた座布団に腰を下ろすと、当主様は文机の上の紙を整え、優しく目を細めた。
「そうだね、褒めてもらえると嬉しいよ」
(いや本当、なんでこんな物腰の柔らかい人からあの保名が生まれたんだろう……)
世の中の不思議。
心の中で失礼な納得をしていると、当主様は私の思考を見透かしたかのように、ふっと優しく目を細めて微笑んだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「はい!」
ピンッと背筋を伸ばす。
「近々、お祭りがあるのは知ってるよね?そこで―――」
言いかけたところで、静かに襖が開いた。
湯飲みが乗ったお盆を抱えているのは、先ほど部屋を出て行った一子ちゃん。
「お茶をどうぞ、琴葉さん」
「ありがと〜」
温かい湯呑みを両手で受け取る。
「単刀直入に言おうか。お祭りの神楽、例年通り舞ってくれるかな」
「はい!」
まぁ、この時期にわざわざ屋敷に呼び出されるなんて、それくらいしかないよね!
私はお茶をひと口飲んで、気合いを入れ直した。
「うん、ありがとう」
当主様は満足そうに頷くと、文机の引き出しから一冊の古びた和綴じの本を取り出した。
表紙には金色の糸で美しい模様が刺繍されている。
「祝詞はいつも通り僕が読み上げるから、保名には演奏を頼むよ」
「……えっ!? 演奏、保名一人だけなんですか!?」
私は驚いて声を上げた。神楽の演奏は本来、何人もの奏者が太鼓や笛を鳴らして行うものだ。それを高校生一人に任せるなんて。
「一子にも演奏を頼もうか?」
当主様がそう言うと、隣にいた一子ちゃんが「……!」と反応した。
「い、いえ!一子ちゃんはせっかくのお祭りなんだから屋台とか楽しんでほしいですし……」
私は慌てて手を横に振った。
「…………屋台」
小さな声を漏らした一子ちゃんの目が、心なしかキラキラと輝いている。
そして、当主様を見る。
「あの……主様」
「そうだね。一子はよく働いてくれているからね」
当主様はそう微笑み、使い古された財布からお金を数枚取り出し、一子ちゃんに手渡す。
「お祭り、楽しんでおいで」
「ありがとうございます、主様」
一子ちゃんは両手で大切に包み込むと、嬉しさを隠しきれない様子で自分の巾着にお金を入れた。
「良かったね、一子ちゃん。当日は美味しいものをたくさん食べようね!」
「はい」
それから、お祭り当日の打ち合わせを済ませ、私は土御門家を後にした。
✳✳✳
「ただいま〜」
家のドアを開けると、香ばしい醤油とダシの匂いが玄関まで漂ってきた。
「おかえり〜!遅かったやん、どこ行ってたん」
リビングへ向かうと、居間のソファでスマホをいじっていた保名が、私の姿を見るやいなやパッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「ちょっと土御門家行ってた」
「え?実家行くんやったら俺も連れてってやー」
「ダメだよ。今日は当主様と、お祭りの神楽の打ち合わせだったんだから」
私の言葉を聞いた瞬間、保名はポンッと手を叩き、さらに目を輝かせた。
「あっ! そうか、もうそんな時期か! 今年も琴葉ちゃんが神楽舞うんやろ?琴葉ちゃんの舞、めちゃくちゃ綺麗やからなぁ〜、はよ見たいわ!」
「演奏お願いね」
「任せろ任せろ!よっしゃ、やる気出てきたー!」
「しー!真依ちゃん、声が大きいよぅ!」
その日の翌日、私は学校で初めての友達である真依ちゃん、相良真依ちゃんに全てを打ち明けた。
真依ちゃんは一房だけ赤いリボンを付けているボブがよく似合う可愛い女の子。
高校生になってから知り合って、裏表がない性格の真依ちゃんは私にとって頼れる姉のような存在であり、お互いに悩みを相談し合える唯一の友達。
「そっか〜、許嫁ねぇ……」
「うん。今どき許嫁とか何時代やねん!って話だよね」
「で、その許嫁と高校入学と同時に二人きりで同居中、と……」
「わわっ、ちょっと真依ちゃん!」
私は慌てて、真依ちゃんの口を塞ごうとした。
真依ちゃんはそんな手をヒョイとかわして、
「ごめんごめん。他の女子に聞かれたら琴葉の学校生活、終わるもんね」
なんて、恐ろしいことをさらりと言った。
(うぅ……でも、真依ちゃんの言ったことは本当なんだよねー)
保名は、入学してまだ一ヶ月だというのに、すでに校内の女子生徒達の憧れの的として頂点に君臨しているのだから。
彼の整った和風の顔立ちと、少し軽やかで親しみやすい関西弁、そして時折見せる真剣な眼差し。
それらにノックアウトされた女子ファン集団は毎日結成され、保名の最新情報を目ざとくチェックしているらしい。
「真依ちゃんの言う通り、ファンクラブの人達に目をつけられたら学校では生きていけないよ……」
保名ファンクラブは、『保名くんに近づく女の子は絶対に許さない』という恐ろしいスローガンを掲げていることで有名だった。
そんな殺気立った集団に、もし私と保名が同じ一軒家で暮らしていることがバレてしまったら……。
(か、考えただけで怖すぎる!!)
でももし、何かの拍子で同居がバレてしまったら?
確実にその人達に裏に呼び出されて、酷い目に遭わされてしまうかも……。
「絶対にバレないようにしないと!」
改めて、心に誓う。
「一応ね、同居していることは学校では絶対に秘密にしよう!って、保名とも約束したんだけど……」
思い出すのは、数日前に保名と繰り広げた不毛な押し問答だ。
保名が動画配信で放った『保K』というキーワード(名前を決める時、うっかり保名が口を滑らせて婚約者と言ってしまったのだ)がネット上でバズり、学校内でも「保Kって誰!?」とファンクラブが目の色を変えて探し回っていた。
危機感を覚えた私は、『私が保Kであること、そして許嫁だということを学校では絶対に秘密にする』という条件を突きつけた。
『えー、なんで隠すん〜? 俺はお披露目したいのに〜』と駄々をこねる保名を正座させて小一時間説教し、ようやく承諾させた。
おかげで今日まで、奇跡的にバレずに過ごせている。
「でもさ、あの土御門くんと家で二人きりって……正直、何も起きないの?」
真依ちゃんがニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ、身を乗り出して私の顔に急接近してきた。好奇心に満ちた目がキラキラと輝いている。
「そこは大丈夫。もし万が一何かあったら、保名は当主様―――保名のお父さんに鳴門海峡の渦に沈められてるから!」
「そ、そうなんだ……」
真依ちゃんは引きつった笑いを浮かべつつも、納得したようにコクコクと頷いた。
「あれは必殺技だよ。必ず殺す技」
「陰陽師って、怖いね」
「普段は物腰がめっちゃ柔らかいし丁寧だよ。怒ると怖いけど」
「まあでも、それなら一応安心なのかな?保身のためにも土御門くんは手出しできないってことだし」
「そうそう!だから家では平和そのもの……と言いたいんだけど、保名の手料理のレパートリーが無駄に豊富だったり、私の好みを把握しすぎてて別の意味でやりづらいっていうか……」
「なにそれ、惚気?」
「惚気じゃないよ!?」
その時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。
画面を見ると、そこにはお母さんからのメッセージが表示されていた。
『琴葉。放課後、土御門家の本家に寄ってきてほしいの。ご当主様からのお呼び出しだから、失礼のないようにね』
✳✳✳
とりあえず保名に先に帰っておいてと伝えてからバスに揺られて土御門へ向かった。
目的地の山の麓にあるバス停で降り、鬱蒼と茂る木々に囲まれた山道を歩く。
地元では『霊山』と呼ばれているこの山全体には、常人には見えない強力な結界が張り巡らされていて、どんな悪霊も近づくことすらできない。
かつて、平安時代に猛威を振るったかの有名な大妖怪『酒吞童子』。
それを封印したのが土御門のご先祖様であり、代々その強力な結界を守り続けていくことこそが、今の土御門家に課せられた重大なお役目なんだって。
もしも、この結界が壊れるようなことがあれば―――。
この山に封印されている数々の恐ろしい悪霊や妖怪たちが、一斉に世に解き放たれてしまうことになってしまう。
しばらく歩いていると、目的地が見えて来た。
敷地の周りは重厚な黒塗りの木の塀で囲まれており、歴史を感じさせる立派な門をくぐると、外界の喧騒が嘘のように消え去り、静寂が支配する特別な空間が広がっていた。
玄関へと続く道には、平らで丸みのある敷石が規則正しく並べられており、竹柵の向こう側には手入れされた松や色とりどりのお花が咲いている。
(いつ来ても仰々しいよね……ここ)
玄関へと続く敷石を進むと、庭の隅に置かれた石灯籠が目に留まる。
今は昼間なので静かに佇んでいるだけだが、夜になれば明かりが灯り、足元をぼんやりと優しく照らすのだろう。
玄関のインターホンを押し、「桜木琴葉です」と声を掛けると、間もなくしてガラガラと玄関扉が開いた。
出迎えてくれたのは、十歳くらいの愛らしい和服姿の女の子だった。艶やかな黒髪に、鮮やかな赤い着物がよく映えている。
「一子ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、琴葉さん。主様の部屋まで案内します」
一子ちゃんはそう言うと、小さな身体で丁寧にお辞儀をし、静かに靴を揃えるよう視線で促した。
「どうぞ、こちらへ」
足音をほとんど立てずに長い廊下をすい〜っと進む一子ちゃんの後ろを、私は静かに追う。
廊下を進んで角を曲がっていくと、とある部屋の前でスゥーと消えてしまった。
滑らかに音を立てて襖を開くと、部屋の中に漂うお香の甘い香りが鼻をくすぐった。
「失礼します……」
声をかけながら一歩中へ足を踏み入れると、そこは畳の香りが残る広々とした和室だった。
部屋の奥には立派な掛け軸がかかった床の間があり、文机で書き物をしていた着物姿の男性が一人。彼こそが土御門家現当主であり、保名のお父さんだ。
「いらっしゃい、琴葉さん」
その傍らには、先ほど廊下で消えたはずの一子ちゃんが、何事もなかったかのようにちょこんと控えていた。
「ごめんね、琴葉さん。ちょっと手が離せなくて、一子に迎えをお願いしたんだけど……」
「いえ、全然大丈夫です!案内してくれてありがとうございました」
私は学校のカバンから、来る途中で買っておいた金平糖が入ったガラスの小瓶を取り出し、一子ちゃんにそっと手渡した。
「はい、案内してくれたお礼」
「ありがとうございます」
一子ちゃんは小瓶を両手で大切そうに抱えると、嬉しそうに少し表情を明るくした。
式神だからか淡々としているが、甘いものに目を輝かせる姿は年相応の可愛らしさがある。
式神の姿や能力は、作り手である術者の霊力と技術によって大きく左右される。
動物や札のような喋らない式神を作るだけでも高度な技術が必要なのに、このように人間と見分けがつかない身体を持ち、意思疎通ができる式神を生み出せるのは、日本広しといえども土御門家の当主様くらいのものだ。
「一子、琴葉さんにお茶を淹れて来てくれるかな」
「はい、主様」
深々とお辞儀をした一子ちゃんは、パタパタと袖を振りながら足音を立てずに部屋を辞していった。
「一子ちゃん、本当に可愛いですね。式神だなんて、言われないと気づかないくらいです」
用意されていた座布団に腰を下ろすと、当主様は文机の上の紙を整え、優しく目を細めた。
「そうだね、褒めてもらえると嬉しいよ」
(いや本当、なんでこんな物腰の柔らかい人からあの保名が生まれたんだろう……)
世の中の不思議。
心の中で失礼な納得をしていると、当主様は私の思考を見透かしたかのように、ふっと優しく目を細めて微笑んだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「はい!」
ピンッと背筋を伸ばす。
「近々、お祭りがあるのは知ってるよね?そこで―――」
言いかけたところで、静かに襖が開いた。
湯飲みが乗ったお盆を抱えているのは、先ほど部屋を出て行った一子ちゃん。
「お茶をどうぞ、琴葉さん」
「ありがと〜」
温かい湯呑みを両手で受け取る。
「単刀直入に言おうか。お祭りの神楽、例年通り舞ってくれるかな」
「はい!」
まぁ、この時期にわざわざ屋敷に呼び出されるなんて、それくらいしかないよね!
私はお茶をひと口飲んで、気合いを入れ直した。
「うん、ありがとう」
当主様は満足そうに頷くと、文机の引き出しから一冊の古びた和綴じの本を取り出した。
表紙には金色の糸で美しい模様が刺繍されている。
「祝詞はいつも通り僕が読み上げるから、保名には演奏を頼むよ」
「……えっ!? 演奏、保名一人だけなんですか!?」
私は驚いて声を上げた。神楽の演奏は本来、何人もの奏者が太鼓や笛を鳴らして行うものだ。それを高校生一人に任せるなんて。
「一子にも演奏を頼もうか?」
当主様がそう言うと、隣にいた一子ちゃんが「……!」と反応した。
「い、いえ!一子ちゃんはせっかくのお祭りなんだから屋台とか楽しんでほしいですし……」
私は慌てて手を横に振った。
「…………屋台」
小さな声を漏らした一子ちゃんの目が、心なしかキラキラと輝いている。
そして、当主様を見る。
「あの……主様」
「そうだね。一子はよく働いてくれているからね」
当主様はそう微笑み、使い古された財布からお金を数枚取り出し、一子ちゃんに手渡す。
「お祭り、楽しんでおいで」
「ありがとうございます、主様」
一子ちゃんは両手で大切に包み込むと、嬉しさを隠しきれない様子で自分の巾着にお金を入れた。
「良かったね、一子ちゃん。当日は美味しいものをたくさん食べようね!」
「はい」
それから、お祭り当日の打ち合わせを済ませ、私は土御門家を後にした。
✳✳✳
「ただいま〜」
家のドアを開けると、香ばしい醤油とダシの匂いが玄関まで漂ってきた。
「おかえり〜!遅かったやん、どこ行ってたん」
リビングへ向かうと、居間のソファでスマホをいじっていた保名が、私の姿を見るやいなやパッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「ちょっと土御門家行ってた」
「え?実家行くんやったら俺も連れてってやー」
「ダメだよ。今日は当主様と、お祭りの神楽の打ち合わせだったんだから」
私の言葉を聞いた瞬間、保名はポンッと手を叩き、さらに目を輝かせた。
「あっ! そうか、もうそんな時期か! 今年も琴葉ちゃんが神楽舞うんやろ?琴葉ちゃんの舞、めちゃくちゃ綺麗やからなぁ〜、はよ見たいわ!」
「演奏お願いね」
「任せろ任せろ!よっしゃ、やる気出てきたー!」