花と恋
(あーあ……これ、本当に俺の気持ち、軽いものだって思われてるのかなあ。諦める気にはならないけど、これ以上どうアプローチしたらいいのかわかんねえ……)
悠晴は自分のことを、ごくごく普通の男子高校生だと自認している。成績や運動神経が特別優良なわけではないが、決して劣ってはいないし、顔だって悪くない。流行りの音楽を聴いて動画を見て、服も髪型もそこそこ気を遣っている。「ダサい男子とは付き合いたくない」という理由で振られる可能性は万が一にもないと自負しているが、どうすれば花帆と付き合えるのか、次のアピールの手は何も浮かばない。
「俺、こんなに真剣なのに」
「そう、ありがとう」
「全然そう思っていないよね、花帆ちゃん」
恋がそうそううまくいくものでないことは、一応わかっているつもりだ。
花が好きなとても女の子らしい彼女のことは、諦めるしかないのだろうか。
「これをあげるから、少し静かにしててちょうだい」
その時、花帆は脇に用意しておいた花の中から一輪の菊を手に取り、悠晴に差し出した。瑞々しい赤を放つ菊は、あと少しで満開になる状態のようだ。
その菊を持った悠晴は、くるりと茎を回した。ゆっくりと回転する菊の花弁は密度が高く、ふわふわとしていてやわらかそうに見える。
悠晴は少しでも花帆の心証を良くするために、しばらくの間、言われたとおりにおとなしくしていた。花と葉を見つめる花帆は、時折悩ましげな表情になったかと思うと、いい組み合わせか配置が思い浮かんだのか、剣山に挿す寸前の花を手に持ったまま、様々な角度から作品全体を見つめては楽しそうに花を生けていく。言葉はなくとも、その視線の中にある豊かな色に、花帆の無邪気さが見て取れた。
(ほんと……かわいいなあ)
こうして部活動の時間のたびに押しかけられるのは、されるほうにしてみれば、たしかにうっとうしいだろう。地味で目立たない華道部の部室に毎週のように居座るなんて、普通の人ならば決してしない。おかしな行動に出ている自覚はある。
だが、構わない。だって、目の前にいるこのかわいい子を、どうしても手に入れたくて必死だから。恋をすれば不格好でも不器用でも、好きな相手のために一生懸命になるのは誰だって同じはずだ。
「俺……帰るね」
もしかしたら、少しは残念がってくれるかもしれない。悠晴はそう期待して宣言してみるものの、花帆からの返事は特にない。部活の時間が終わるまで待って、駅まで花帆と一緒に帰りたいとも思ったが、花帆はきっと、莉々と一緒に帰るだろう。
悠晴は赤い菊を片手に、華道部の部室を後にした。担任に呼び出されている件は、忘れたことにしてすっぽかしていいだろうか、とぼんやり考えながら、覇気のない足取りで部室棟の廊下を歩く。
諦めたいわけではないのだが、もうそろそろいい加減に諦めなければならないのではないか。これ以上は本当に、花帆を不愉快にさせるだけではないだろうか。弱気な自分が胸の奥で泣き叫び、締めつけられるような寂しさに襲われた。
「あの、高野先輩……!」
「ん?」
華道部の部室を出て階段を下りていた悠晴の背中に声がかかる。
悠晴が気だるげに振り返ると、そこには莉々が立っていた。
「えっと……花帆先輩、口ではああ言ってますけど、高野先輩の気持ち、ちゃんと届いていると思うんです」
「ええ~……そうかなあ。ごめんね、余計な気遣いをさせちゃって」
「そうじゃなくて」
自信なげに苦笑する悠晴に、莉々ははっきりと言った。
「その赤い菊の花言葉を調べてみてください。花帆先輩、ちゃんとわかっていて、それを渡したと思うんです」
「花言葉?」
莉々に言われた悠晴は、ズボンのポケットに入れたままのスマートフォンを取り出した。そしてすぐさま、「赤い菊 花言葉」で検索をして、その意味を調べる。
「えっ、嘘……マジで?」
「花帆先輩は誰よりもお花が好きです。いろんなお花の育て方も生け方も、それに花言葉だって、全部わかっているはずです。それに、高野先輩にお花をあげたの、それが初めてなんじゃないですか。つまり、それが花帆先輩から高野先輩への気持ちなんだと思います。花帆先輩、人に対しては少し不器用なところがあるから……どうかその赤い菊を通して、わかってあげてください」
どこか嬉しそうに言いきると、莉々はぺこりと頭を下げて、部室へと踵を返した。
(花帆ちゃん、ほんとに? え、これ……いいの? そういう意味で受け取っていいの? 俺、本気にしちゃうけど……?)
菊を手にしたまま、悠晴は階段の途中でしばらくにやけていた。
汗臭い男子高校生だって、恋をしたら乙女のような反応をしてしまうし、頭の中は花が咲いたように華々しくて、つい口元がゆるんでふにゃふにゃの笑みを浮かべてしまう。今なら花帆から百回「うっとうしい」と言われても、悠晴はこの赤い菊を片手に小躍りができそうな気がした。
スキップしたいほどの浮かれた気持ちで帰宅した悠晴だったが、明日以降、どんな顔で花帆に話しかけたらよいのか、それをぐるぐると考えているうちに一周回ってなんだか学校に行くのが怖くなり、ひどい寝不足の情けない顔を花帆にさらしてしまうのだった。
悠晴は自分のことを、ごくごく普通の男子高校生だと自認している。成績や運動神経が特別優良なわけではないが、決して劣ってはいないし、顔だって悪くない。流行りの音楽を聴いて動画を見て、服も髪型もそこそこ気を遣っている。「ダサい男子とは付き合いたくない」という理由で振られる可能性は万が一にもないと自負しているが、どうすれば花帆と付き合えるのか、次のアピールの手は何も浮かばない。
「俺、こんなに真剣なのに」
「そう、ありがとう」
「全然そう思っていないよね、花帆ちゃん」
恋がそうそううまくいくものでないことは、一応わかっているつもりだ。
花が好きなとても女の子らしい彼女のことは、諦めるしかないのだろうか。
「これをあげるから、少し静かにしててちょうだい」
その時、花帆は脇に用意しておいた花の中から一輪の菊を手に取り、悠晴に差し出した。瑞々しい赤を放つ菊は、あと少しで満開になる状態のようだ。
その菊を持った悠晴は、くるりと茎を回した。ゆっくりと回転する菊の花弁は密度が高く、ふわふわとしていてやわらかそうに見える。
悠晴は少しでも花帆の心証を良くするために、しばらくの間、言われたとおりにおとなしくしていた。花と葉を見つめる花帆は、時折悩ましげな表情になったかと思うと、いい組み合わせか配置が思い浮かんだのか、剣山に挿す寸前の花を手に持ったまま、様々な角度から作品全体を見つめては楽しそうに花を生けていく。言葉はなくとも、その視線の中にある豊かな色に、花帆の無邪気さが見て取れた。
(ほんと……かわいいなあ)
こうして部活動の時間のたびに押しかけられるのは、されるほうにしてみれば、たしかにうっとうしいだろう。地味で目立たない華道部の部室に毎週のように居座るなんて、普通の人ならば決してしない。おかしな行動に出ている自覚はある。
だが、構わない。だって、目の前にいるこのかわいい子を、どうしても手に入れたくて必死だから。恋をすれば不格好でも不器用でも、好きな相手のために一生懸命になるのは誰だって同じはずだ。
「俺……帰るね」
もしかしたら、少しは残念がってくれるかもしれない。悠晴はそう期待して宣言してみるものの、花帆からの返事は特にない。部活の時間が終わるまで待って、駅まで花帆と一緒に帰りたいとも思ったが、花帆はきっと、莉々と一緒に帰るだろう。
悠晴は赤い菊を片手に、華道部の部室を後にした。担任に呼び出されている件は、忘れたことにしてすっぽかしていいだろうか、とぼんやり考えながら、覇気のない足取りで部室棟の廊下を歩く。
諦めたいわけではないのだが、もうそろそろいい加減に諦めなければならないのではないか。これ以上は本当に、花帆を不愉快にさせるだけではないだろうか。弱気な自分が胸の奥で泣き叫び、締めつけられるような寂しさに襲われた。
「あの、高野先輩……!」
「ん?」
華道部の部室を出て階段を下りていた悠晴の背中に声がかかる。
悠晴が気だるげに振り返ると、そこには莉々が立っていた。
「えっと……花帆先輩、口ではああ言ってますけど、高野先輩の気持ち、ちゃんと届いていると思うんです」
「ええ~……そうかなあ。ごめんね、余計な気遣いをさせちゃって」
「そうじゃなくて」
自信なげに苦笑する悠晴に、莉々ははっきりと言った。
「その赤い菊の花言葉を調べてみてください。花帆先輩、ちゃんとわかっていて、それを渡したと思うんです」
「花言葉?」
莉々に言われた悠晴は、ズボンのポケットに入れたままのスマートフォンを取り出した。そしてすぐさま、「赤い菊 花言葉」で検索をして、その意味を調べる。
「えっ、嘘……マジで?」
「花帆先輩は誰よりもお花が好きです。いろんなお花の育て方も生け方も、それに花言葉だって、全部わかっているはずです。それに、高野先輩にお花をあげたの、それが初めてなんじゃないですか。つまり、それが花帆先輩から高野先輩への気持ちなんだと思います。花帆先輩、人に対しては少し不器用なところがあるから……どうかその赤い菊を通して、わかってあげてください」
どこか嬉しそうに言いきると、莉々はぺこりと頭を下げて、部室へと踵を返した。
(花帆ちゃん、ほんとに? え、これ……いいの? そういう意味で受け取っていいの? 俺、本気にしちゃうけど……?)
菊を手にしたまま、悠晴は階段の途中でしばらくにやけていた。
汗臭い男子高校生だって、恋をしたら乙女のような反応をしてしまうし、頭の中は花が咲いたように華々しくて、つい口元がゆるんでふにゃふにゃの笑みを浮かべてしまう。今なら花帆から百回「うっとうしい」と言われても、悠晴はこの赤い菊を片手に小躍りができそうな気がした。
スキップしたいほどの浮かれた気持ちで帰宅した悠晴だったが、明日以降、どんな顔で花帆に話しかけたらよいのか、それをぐるぐると考えているうちに一周回ってなんだか学校に行くのが怖くなり、ひどい寝不足の情けない顔を花帆にさらしてしまうのだった。


