保健室の目覚まし係になったら、学校一の沼男に捕まりました

いつもの、あの人を食ったような笑い方とは違う。

作り込まれた、完璧な"王子様"の顔。

分かってる。あれは、お仕事用の顔だって。

昨日、私のクラスにこっそり様子を見に来てくれたときの、あの砕けた笑顔とは、まるで別人だ。

分かっているはずなのに、なんだか胸の奥がちりちりする。

私だけが知っているはずの先輩の顔が、今この瞬間だけは、教室中の女の子たちのものになっているみたいで。

──って、何を張り合ってるんだろう、私。

そう自分に呆れながらも、視線はどうしても先輩の姿を追ってしまう。

ふと、先輩がこちらに顔を向けた。

「……っ」

見つかった。

気まずさに一歩後ずさろうとした、そのとき。

海里先輩が、誰にも気づかれないくらいの小さな仕草で、こちらに向かって片目をつぶってみせた。

一瞬すぎて、周りの女の子たちは誰も気づいていない。

でも、私にだけは、はっきり分かった。

──今の、絶対に私に向けてだ。

心臓が、とくんと跳ねる。

みんなの前では完璧な王子様を演じながら、ほんの一瞬だけ、素の自分をこっそり見せてくる。

そうやって翻弄してくるところが、本当にずるい。

私はそれ以上見ていられなくなって、逃げるように自分の教室へと戻った。
< 175 / 182 >

この作品をシェア

pagetop