今夜、あなたを襲います 高嶺の花令嬢が既成事実を狙ったその顛末
「フォスター侯爵令嬢。どうされましたか」
「クラウス様を見かけたので、お話でもしようと思って」
「申し訳ありませんが、勤務中ですので」
やや低めの落ち着いた声に、ビクトリアはうっとりと聞き入る。
「ああ、声もいいわ! 最高だわ!」
「はい?」
「いえ、クラウス様が今日も素敵なので思わず心の声が漏れてしまいました」
ビクトリアはぽっと顔を赤くする。
「それはありがとうございます」
いつもながら、さらりと流された。
結構勇気を出して言ったのに。
「クラウス様」
ビクトリアはクラウスを見上げる。
「今、私はあなた様をとても素敵だと申し上げました」
「聞こえております」
「では、もう少し何か言うことがありませんか?」
「あなた様のようなご令嬢が、そのようなことを軽々しく口にするものではありません。舞い上がってしまう者も多くいるでしょう」
クラウスの口調は、舞い上がるという表現とは程遠いものだ。
「軽々しくありませんわ! もう三年も言い続けています」
ビクトリアは思わず前のめりになる。
そう、ビクトリアはかれこれ三年も、クラウスに片思いしている。
──それはビクトリアが十六歳のときのこと。
十六歳は、この国では女性が社交界入りしてひとりの大人とみなされる年齢だ。その日、ビクトリアは舞踏会に参加し、疲れてひとり庭園で休憩していた。
ほっと一息ついて油断した外のとき、酒に酔った男に襲われた。
口を塞がれ、人気のない場所へ引きずり込まれそうなったときの恐怖は、今でも忘れられない。
そこへ颯爽と現れたのが、当時二十二歳だったクラウスだった。
彼は瞬く間に男を取り押さえ、自分の上着を震えるビクトリアの肩へかけてくれた。
『大丈夫か? ご令嬢』
たったそれだけ。
ロマンス小説のように抱き締めることも、お姫様抱っこもなし。過剰に慰めることもなく、ビクトリアを安全な休憩室まで送り届け、迎えの侍女が来るまでただ部屋の前に立っていてくれた。
その生真面目で誠実な様に、ビクトリアは恋をしたのだ。