幸せのツボミ
5章【言えなかった事】
その日の夜。
家に帰ると、一人だった。
電気をつける。
いつもと同じ部屋。
いつもと同じ机。
いつもと同じベッド。
何も変わっていない。
なのに、今日は妙に静かに感じた。
僕はベッドに座って、スマホを手に取った。
そして、昼間の彼女を思い出した。
笑っていた。
楽しそうだった。
昔より、ずっと可愛くなっていた。
いや。
昔より可愛くなったというより、
昔とは違う可愛さがあった。
今の彼女には、今の彼女にしかない魅力があった。
だから、それを伝えたくなった。
メッセージを開く。
文字を打つ。
『今日会って思ったけど、前より可愛くなったね』
指が止まった。
送信ボタンを押せなかった。
僕は元彼だ。
しかも、僕は自分のやらかしで彼女に見離された。
そんな僕が今さら、
「可愛くなったね」
なんて言っていいのだろうか。
そもそも、そんなことを言う必要があるのだろうか。
今の彼女には、今の彼氏がいる。
そこに僕が余計な言葉を投げ込む必要なんてない。
そう思って、全部消した。
少し経って、また文字を打った。
『今日は楽しかった。前より――』
消した。
『今日、すごく可愛かった』
消した。
打っては消して。
消してはまた打して。
何度も繰り返した。
たった一言なのに、送れなかった。
最後には、スマホの画面を閉じた。
伝えたいと思った。
でも、伝えないほうがいいと思った。
僕が彼女の幸せに入り込む必要はない。
彼女には彼女の人生がある。
僕には僕の人生がある。
だから、何も送らなかった。
スマホを伏せる。
天井を見る。
そして、しばらく何も考えなかった。
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