朝の徒花
1-3. 異変
朝の光が部屋にさす。
時刻は6時15分。
スマホの画面は静かなままだった。
ベッドの中で目を擦りながら、私は何度も画面をタップする。
いつもなら、もうとっくに「ぴーん」というあの軽快な音が私に朝を知らせているはずだった。
いつも繰り返されるメッセージのやり取りを数回もすれば私の眠気は吹き飛ばされているはずだった。
画面に並ぶのは、いくつかのアプリの味気ない通知だけ。
見慣れた彼の名前はない。
「……寝坊したのかな」
小さく呟いて、スマホを耳元に置く。
昨日、夫の気配に焦って嘘をついてしまった。
どこか言い訳じみた返信で誤魔化してしまった。
思い返すと、胸の奥がチリチリと痛んだ。
いつもならからかい上手な彼からのメッセージが、昨日は「そっか」のひと言だけだった。
あの短い文字に、彼はどんな感情を込めたのだろう。
時計の針は容赦なく進み、6時半を過ぎた。
いつまでもベッドの中にいるわけにはいかない。
私は諦めて布団を跳ね除け、リビングへと向かった。
朝食の準備をしながらも、私の意識はポケットにあるスマホに集中していた。
トースターがチンと鳴る音やケトルでお湯が沸き終わる音のたびに一瞬だけ身体が強張る。
だけど、私が本当に待っている音は一度も響かない。
「おはよう」
7時半、めずらしくいつもより少し早く起きてきた夫が、あくびをしながらリビングに現れた。
「あ、おはよう。今コーヒー入れるね。」
昨日と同じようにコーヒーをマグカップに注ぐ。
その穏やかで、何も疑っていない夫の顔を見るたびに私の中に罪悪感がじわりと広がっていく。
それと同時に頭の片隅では最悪な疑問がぐるぐると渦巻いていた。
『もしかして、夫が何か気付いて、彼に直接連絡を入れた……?』
そんなはずはない。
夫は私のスマホのロックパスを知らないし、彼の連絡先だって知らないはずだ。
ましてや昨日の素振りを見て、何も疑った様子はないとこの目で確認したじゃないか。
じゃあ、どうして?
昨日、私が「旦那さんが部屋を覗いた」と言ったから、彼は気を遣って連絡を控えているだけ?
それとも、夫の影を感じたことで、私とのやり取りが急に面倒になってしまったのだろうか。
「ありがとう、おいしいよ。」
夫がトーストを齧りながら呟いた声が、遠くの方で聞こえる。
私は生返事をしながら、ただただ、ポケットの中の冷たい機械の重みを感じていた。
愛犬の散歩に出かけても、景色は全く目に入らなかった。
いつもの信号待ち。
昨日、彼からのメッセージを最後に見た場所。
気になってスマホを取り出す。
トーク画面を開く。
最後に残された、彼の「そっか」という文字。その下に、新しい言葉は何も紡がれていない。
「私から、何か送るべきなのかな……」
『おはようございます。今日は寝坊しちゃいましたか?』
それとも、
『おはようございます。今日は何かあったんですか?』
いくつかの文章を打っては消し、打っては消す。
仕事の同僚。
ただのモーニングコール。
寝坊防止の、他愛のないやり取り。
自分にそう言い聞かせてきたはずなのに、メッセージが来ないだけでどうして私はこんなに不安に陥っているのだろう。
指先が冷たくなっていく。
私は結局、何も送れないままスマホをポケットに押し込んだ。
リードを引く愛犬が、不思議そうにこちらを振り返る。
彼からの連絡が途絶えた理由を何度も考えてしまう。
きっと私の返信内容が原因だろうがそれで不快感や不安を与えてしまったのかもしれない。
そうであれば、もう二度と連絡をするつもりはないだろう。
その事実が、昨日までの心地よかった朝の時間を、じわじわと息苦しいものへと変えていくのを感じていた。
朝の光が部屋にさす。
時刻は6時15分。
スマホの画面は静かなままだった。
ベッドの中で目を擦りながら、私は何度も画面をタップする。
いつもなら、もうとっくに「ぴーん」というあの軽快な音が私に朝を知らせているはずだった。
いつも繰り返されるメッセージのやり取りを数回もすれば私の眠気は吹き飛ばされているはずだった。
画面に並ぶのは、いくつかのアプリの味気ない通知だけ。
見慣れた彼の名前はない。
「……寝坊したのかな」
小さく呟いて、スマホを耳元に置く。
昨日、夫の気配に焦って嘘をついてしまった。
どこか言い訳じみた返信で誤魔化してしまった。
思い返すと、胸の奥がチリチリと痛んだ。
いつもならからかい上手な彼からのメッセージが、昨日は「そっか」のひと言だけだった。
あの短い文字に、彼はどんな感情を込めたのだろう。
時計の針は容赦なく進み、6時半を過ぎた。
いつまでもベッドの中にいるわけにはいかない。
私は諦めて布団を跳ね除け、リビングへと向かった。
朝食の準備をしながらも、私の意識はポケットにあるスマホに集中していた。
トースターがチンと鳴る音やケトルでお湯が沸き終わる音のたびに一瞬だけ身体が強張る。
だけど、私が本当に待っている音は一度も響かない。
「おはよう」
7時半、めずらしくいつもより少し早く起きてきた夫が、あくびをしながらリビングに現れた。
「あ、おはよう。今コーヒー入れるね。」
昨日と同じようにコーヒーをマグカップに注ぐ。
その穏やかで、何も疑っていない夫の顔を見るたびに私の中に罪悪感がじわりと広がっていく。
それと同時に頭の片隅では最悪な疑問がぐるぐると渦巻いていた。
『もしかして、夫が何か気付いて、彼に直接連絡を入れた……?』
そんなはずはない。
夫は私のスマホのロックパスを知らないし、彼の連絡先だって知らないはずだ。
ましてや昨日の素振りを見て、何も疑った様子はないとこの目で確認したじゃないか。
じゃあ、どうして?
昨日、私が「旦那さんが部屋を覗いた」と言ったから、彼は気を遣って連絡を控えているだけ?
それとも、夫の影を感じたことで、私とのやり取りが急に面倒になってしまったのだろうか。
「ありがとう、おいしいよ。」
夫がトーストを齧りながら呟いた声が、遠くの方で聞こえる。
私は生返事をしながら、ただただ、ポケットの中の冷たい機械の重みを感じていた。
愛犬の散歩に出かけても、景色は全く目に入らなかった。
いつもの信号待ち。
昨日、彼からのメッセージを最後に見た場所。
気になってスマホを取り出す。
トーク画面を開く。
最後に残された、彼の「そっか」という文字。その下に、新しい言葉は何も紡がれていない。
「私から、何か送るべきなのかな……」
『おはようございます。今日は寝坊しちゃいましたか?』
それとも、
『おはようございます。今日は何かあったんですか?』
いくつかの文章を打っては消し、打っては消す。
仕事の同僚。
ただのモーニングコール。
寝坊防止の、他愛のないやり取り。
自分にそう言い聞かせてきたはずなのに、メッセージが来ないだけでどうして私はこんなに不安に陥っているのだろう。
指先が冷たくなっていく。
私は結局、何も送れないままスマホをポケットに押し込んだ。
リードを引く愛犬が、不思議そうにこちらを振り返る。
彼からの連絡が途絶えた理由を何度も考えてしまう。
きっと私の返信内容が原因だろうがそれで不快感や不安を与えてしまったのかもしれない。
そうであれば、もう二度と連絡をするつもりはないだろう。
その事実が、昨日までの心地よかった朝の時間を、じわじわと息苦しいものへと変えていくのを感じていた。