結婚秒読みのアラサー女子、助けたカメに告られる。
「うう……」
 だんだん反論材料がなくなってきて、私は苦しまぎれに言った。
「あなたは、助けてくれた私への恩義を、愛情と勘違いしているだけだと思う。ヒヨコの刷り込みみたいなものだよ」
「ナギサが僕の恩人であることは否定しません。けれど僕は、ただの恩人に欲情するような男ではありません」
「え……」
 その言葉に、私はとっさに顔を上げた。リアムの大きな手が私の頬に添えられて、息をする間もなく唇を奪われた。
 避けられなかったし、避けたいと思わなかった。彼の唇が自分の唇に重なった瞬間、考える力が霧消し、理性は弾けて飛んだ。
 キスの経験ならいくらでもある。けど、こんなに甘くて気持ちのいいキスは、生まれて初めてだった。
 どのくらい時間が経ったのか。体感では永遠に近い感覚だったけど、実際は一〇秒くらいだったと思う。
 重ねていた唇が離れて、私は彼と鼻先がくっつく距離で見つめ合った。
「……ズルいよ」
「え?」
 私は悔しさを滲ませた顔で、目の前の綺麗な顔を睨みつけた。
「その顔と声で愛の告白とか……、ズルすぎる。こんなの、断われっこないじゃない」
「ナギサ……」
 リアムは今日一番の破顔を見せ、その長い腕で私を抱きしめた。
「……ナギサ。大好きです」
「私も……たぶん、好き」
「この期に及んでまだ、たぶんを付けるんですか」
 弧を描いた目で私を見つめ、リアムが言った。
「いつになったら、たぶんを外してくれますか」
「それは、……三日後かな」
「三日……、……そうか」
 察した様子で、リアムは笑みを引っ込めた。
「ちゃんと、けじめをつけないとね」と私は微笑んだ。リアムも「はい」と言って微笑んだ。
 それでまた、私たちはキスをした。
 さっきより短くて挨拶のようなキスだったけど、キス一つで私の心は完全に決まった。
 ―― プロポーズしてくれた同僚の日本人彼氏を振って、まだ学生の、五歳も年下のイギリス人男性を選ぶ。日本人彼氏とは毎日でも会えたけど、イギリス人の彼とは地球の反対側同士、超超遠距離恋愛になる。
 ……条件で見れば、すごくバカな選択をしたと思う。
 だけど私はもう、自分の心にうそはつきたくない。他人はごまかせても、自分はごまかせない。
 五年前、彼を失い、私はすごく悲しかった。
 一度手を離れた宝物が、また向こうから会いにきたんだ。だからもう、こっちからは絶対に手放してやらない。
 未来の喪失を恐れて、今の幸運を手放すことなんてできない……。
 そう思えるくらい、今の私は幸せだった。
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