結婚秒読みのアラサー女子、助けたカメに告られる。
3.本当の気持ち。
あれは、六年前のクリスマスだった。
突然イギリスから届いたプレゼントは、カメちゃんが露店で見つけたという19世紀のビンテージブローチで。目にルビーが嵌め込まれたキツネの精巧な細工が美しく、私は一目で魅せられた。
それを当時気に入っていた黒のベレー帽に着け、写真に撮って贈り主に見せると、彼もとても喜んでくれた。
「すごく似合ってます。気に入ってもらえて良かった」
まだ高校生なのに、ちゃんと相手好みのプレゼントを選べるカメちゃんのセンスに感心しつつ私は、「お返ししたいんだけど、日本のもので何か欲しい物ない?」と訊いた。
カメちゃんは笑いながら答えた。
「いいんです。僕が欲しい日本のものは、手に入れるのがとても難しいから……」
それがいったい何なのか、彼は最後まで教えてくれなかった。
(もしかすると、彼が欲しかった日本のものって……)
そこで、目が覚めた。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、いつもと変わらない、でも決定的に違っている自室を照らしている。
毛布に包まったまま芋虫のように這って、私はベッドのすぐ下を覗き込んだ。……寝袋の中で、リアムが眠っていた。
(夢じゃ、ない……)
サラサラの前髪が白い額にかかり、閉じた唇と高い鼻が完璧なEラインを描いている。
(美人すぎるでしょ、このカメは……)
芋虫状態のまま、私は永遠に眺めていられそうな、至福の光景に見入った。
あの時プレゼントされたブローチは箱に仕舞って、今もドレッサーの引き出し奥で眠っている。とても気に入っていたけれど、カメちゃんと疎遠になってからは着ける気になれなかった。だからといって捨てることもできず、ずっと箱に収めたままでいた。
(今年の秋冬は、久しぶりにあのブローチを着けておでかけしよう)
安眠中の客人を起こさないようそっとベッドを出て、シャワーを浴び、部屋着に着替えた。キッチンで紅茶を淹れる間も、リアムが起きる気配はなかった。
じつは緊張のあまり、イギリスを発つ前からほとんど寝ていなかったようだ。無事に再会を果たし告白も終え、両想いであることが判明してホッとしたのか、あのあとすぐ糸が切れたように眠ってしまった。
二人分の紅茶を用意して、私は冷凍庫からスコーンを取り出した。ちゃんとイギリスで作られた本格派のスコーンで、これに合わせて有名メーカーのクロテッドクリームも買った。
紅茶もスコーンもカメちゃんの影響で、思えば自分は、かなり彼から影響を受けている。
(英会話の勉強も最初はアメリカ英語だったのに、途中からイギリス英語を教えてくれる教室に変えたし……。よく聴く音楽もイギリス出身のミュージシャンが多いし……)
自分でも気づかずにいた事実に気づいて、私は「ふふっ……」と声に出して笑った。
(なんだ……、私、ちゃんとカメちゃんが好きだったんだ。彼が好きだから、彼の住む国に興味を持って、彼の国のものを好きになったんだ……)
「おはようございます……」
スコーンをトースターで温めていると、寝ぼけ眼のリアムが起きてきた。メンズ用Lサイズのスウェットパンツだけど、スタイルのいい彼が履くと裾からニョキッと足が出る。
彼に貸したスウェットの上下も寝袋も、彼氏のものではなく兄、倫生のものだ。実家と兄の家のちょうど中間にある私の部屋に、彼はたまに泊まっていく。
帰省に便利だからと言い訳しているが、本当は愛美に会いに来ていることを私は知っている。
愛美は愛美で、十五も年上の従兄にずっと片想いをしていて、どっちも不毛な恋をしているなぁと上から目線でいたけれど、本当に不毛なのは適当な相手とばかり付き合っていた私だろう。
「……それももう、終わるけど」
「え、何ですか?」
私を後ろから抱きしめて、一緒にスコーンが焼き上がるのを待つリアムが、まだ眠そうな顔で聞き返してきた。私は笑いながら、「そろそろスコーンが焼けるかな、って言ったの」とごまかした。
突然イギリスから届いたプレゼントは、カメちゃんが露店で見つけたという19世紀のビンテージブローチで。目にルビーが嵌め込まれたキツネの精巧な細工が美しく、私は一目で魅せられた。
それを当時気に入っていた黒のベレー帽に着け、写真に撮って贈り主に見せると、彼もとても喜んでくれた。
「すごく似合ってます。気に入ってもらえて良かった」
まだ高校生なのに、ちゃんと相手好みのプレゼントを選べるカメちゃんのセンスに感心しつつ私は、「お返ししたいんだけど、日本のもので何か欲しい物ない?」と訊いた。
カメちゃんは笑いながら答えた。
「いいんです。僕が欲しい日本のものは、手に入れるのがとても難しいから……」
それがいったい何なのか、彼は最後まで教えてくれなかった。
(もしかすると、彼が欲しかった日本のものって……)
そこで、目が覚めた。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、いつもと変わらない、でも決定的に違っている自室を照らしている。
毛布に包まったまま芋虫のように這って、私はベッドのすぐ下を覗き込んだ。……寝袋の中で、リアムが眠っていた。
(夢じゃ、ない……)
サラサラの前髪が白い額にかかり、閉じた唇と高い鼻が完璧なEラインを描いている。
(美人すぎるでしょ、このカメは……)
芋虫状態のまま、私は永遠に眺めていられそうな、至福の光景に見入った。
あの時プレゼントされたブローチは箱に仕舞って、今もドレッサーの引き出し奥で眠っている。とても気に入っていたけれど、カメちゃんと疎遠になってからは着ける気になれなかった。だからといって捨てることもできず、ずっと箱に収めたままでいた。
(今年の秋冬は、久しぶりにあのブローチを着けておでかけしよう)
安眠中の客人を起こさないようそっとベッドを出て、シャワーを浴び、部屋着に着替えた。キッチンで紅茶を淹れる間も、リアムが起きる気配はなかった。
じつは緊張のあまり、イギリスを発つ前からほとんど寝ていなかったようだ。無事に再会を果たし告白も終え、両想いであることが判明してホッとしたのか、あのあとすぐ糸が切れたように眠ってしまった。
二人分の紅茶を用意して、私は冷凍庫からスコーンを取り出した。ちゃんとイギリスで作られた本格派のスコーンで、これに合わせて有名メーカーのクロテッドクリームも買った。
紅茶もスコーンもカメちゃんの影響で、思えば自分は、かなり彼から影響を受けている。
(英会話の勉強も最初はアメリカ英語だったのに、途中からイギリス英語を教えてくれる教室に変えたし……。よく聴く音楽もイギリス出身のミュージシャンが多いし……)
自分でも気づかずにいた事実に気づいて、私は「ふふっ……」と声に出して笑った。
(なんだ……、私、ちゃんとカメちゃんが好きだったんだ。彼が好きだから、彼の住む国に興味を持って、彼の国のものを好きになったんだ……)
「おはようございます……」
スコーンをトースターで温めていると、寝ぼけ眼のリアムが起きてきた。メンズ用Lサイズのスウェットパンツだけど、スタイルのいい彼が履くと裾からニョキッと足が出る。
彼に貸したスウェットの上下も寝袋も、彼氏のものではなく兄、倫生のものだ。実家と兄の家のちょうど中間にある私の部屋に、彼はたまに泊まっていく。
帰省に便利だからと言い訳しているが、本当は愛美に会いに来ていることを私は知っている。
愛美は愛美で、十五も年上の従兄にずっと片想いをしていて、どっちも不毛な恋をしているなぁと上から目線でいたけれど、本当に不毛なのは適当な相手とばかり付き合っていた私だろう。
「……それももう、終わるけど」
「え、何ですか?」
私を後ろから抱きしめて、一緒にスコーンが焼き上がるのを待つリアムが、まだ眠そうな顔で聞き返してきた。私は笑いながら、「そろそろスコーンが焼けるかな、って言ったの」とごまかした。