結婚秒読みのアラサー女子、助けたカメに告られる。
「はぁ……」
 短い息を吐き、私は上げかけた腰を下ろした。
「まぁ、いいわ。愛美がそこまで彼氏を嫌う理由がわからないけど、大事なのは当人同士の気持ちだもんね」
「本当ですか?」
「え?」
「みっちゃんが言っていました。恋人にプロポーズされたにしては、ナギサは全然幸せそうじゃない、と」
「え……」
 私はギクリとしてリアムのほうを見た。彼の視線はテーブル上に注がれていて、幸いこちらを見てはいなかった。
「みっちゃんから聞きました。最近ナギサは仕事のことで悩んでいた。転職したくとも、今の会社と同じ待遇の転職先が見つからなくてそのことでも悩んでいたと。彼のプロポーズを受けた理由もその辺りにあるんだろうと」
「それは……」
 事実だった。私の勤め先は都内の老舗食品商社だが、この春、親会社との経営統合を前に大きな組織改編が実施された。入社時から所属していた商品開発部はなくなり、私は物流管理部へ異動になった。今の部も悪くはないけれど、商品開発部が大好きだった私は、すっかり仕事へのモチベーションを失ってしまった。
 恋人の裕貴が所属するのは商品調達を目的とした営業二部で、この部署は継続が保証されている。二部の部長が親会社へ異動になったことで、彼は課長補佐から課長に昇進した。……私とは大違いだ。
 本人の口から聞いた。四月からずっと落ち込みがちな私を見て、彼は今回のプロポーズを決めたらしい。「そこまで私のことを思ってプロポーズしてくれたんだ」と感動し、私はその申し出を受けた。
(だってこれを断ったら、私には何もなくなってしまう……)
「結婚したら今の正社員契約からパート契約に変えてさ、汀は時短で働いて、家でのんびり過ごせばいいよ。俺はもっと上を目指すつもりだけど、君は仕事に生きるタイプじゃないだろ? 主婦になれば自由時間が増えて、好きなゲームや読書にもっと時間を使えるようになるぞ」
 彼はそう言って笑った。私は何も返せず、曖昧に笑うだけだった。
 他人に話せば、きっとみな、「いい彼氏だね」「愛されてるんだね」と言うだろう。私もそう思う。
 裕貴はいい彼氏だ。交際二年目の今も記念日のプレゼントは欠かさないし、メールや電話もマメにくれる。デートのたびにオシャレなカフェやレストランに連れていって奢ってくれる。怒ったり不機嫌になった顔を見たことがないし、不必要に束縛してくることも、干渉してくることもない。本当に、申し分のない彼氏だ。
 だけど……。
 彼がプレゼントしてくれる品はどれも私の好みじゃないし、花粉アレルギーがあるからダメだと言ったのに、いまだに生花を贈ろうとする。連れていくカフェもレストランも、私の苦手な人の多い賑やかな店が多く、メニューはいつも彼が選ぶ。
 優しいけれど、その優しさが独り善がりで的外れ。それが、景川(かげかわ)裕貴という男だ。
< 7 / 27 >

この作品をシェア

pagetop