チョコより甘い光〜バレンタインチョコの行方〜

side 理久

その頃、理久は外科外来にいた。

二月十四日が外来日になると、女性患者からチョコを渡されることがある。

毎年恒例のようになっているため、理久もそれを受け取ることを、ある種の業務の一環として処理していた。

患者の好意を無下にはしない。

それも、外来での対応のひとつだ。

「藤崎先生、本当モテモテですね」

外来を担当している看護師がそう言って、理久の手にあったチョコの箱を受け取る。

そのまま、奥に用意されている藤崎先生用の大きめの袋へ入れた。

「ありがたい話だよね」

理久は当たり障りなく答える。

けれど、その表情はどこか浮かなかった。

朝から受付スタッフや外来スタッフからチョコをもらい、外来患者からも次々と高級そうな箱を渡された。

毎年のことだ。

毎年のことのはずだった。

けれど今年は、明らかに違う。

理久には、婚約者がいる。

もっとも、その事実を知っている人間はほとんどいない。

その婚約者は、朝から挨拶をしただけで、バレンタインのバの字も出さずに出勤してしまった。

今までも、美月がバレンタインという行事に何か特別なことをしてきたわけではないのかもしれない。

理久自身も、バレンタインに特別な思い入れがあったわけではない。

チョコをもらうことも、いつものこととして受け流してきた。

だから、人のことは言えない。

それでも今年は、朝からまるで小学生のように落ち着かなかった。


外来は途切れることなく続き、昼食も合間にサンドイッチとコーヒーを流し込んだだけだった。

* * *

夕方になってようやく外来が終わり、理久はいただいたチョコの大きな袋を持って医局へ戻ろうと廊下を歩いていた。

「あ、藤崎先生」

前方から及川がこちらに気づき、駆け寄ってくる。

「うわ、これチョコですか? 凄いですね。どれだけモテるんですか」

似たような言葉は、もう聞き飽きている。

理久は返事をする気になれなかった。

「及川はもらったの?」

「俺も少しもらいました」

及川は相変わらず軽い笑顔で返してくる。

「それはよかったね」

こんなに素直に喜べるとは、幸せなやつだ。

いかにもチョコが好きそうな顔をしている。

「あ、でも先生、まだ病棟に顔出してないですよね。もっと増えそうですね」

ようやく外来が終わったというのに、まだ病棟業務が残っている。

及川と並んで歩いていると、向こうから来た若い看護師たちが及川に気づいて声をかけてきた。

「あ、及川先生だ。こんにちは。藤崎先生もお疲れ様です」

どこかで見たことのある顔だった。

理久は軽く会釈する。

及川とは親しそうだ。

「及川先生、綾瀬さんからチョコ受け取りました?」

「綾瀬?」

及川が驚いた顔で聞き返す。

「え? まだ渡せてないのかな」

「綾瀬さん、すごく気合い入れて、及川先生にチョコ作ってましたよ」

どうやら、10A病棟の美月の後輩たちらしい。

「及川先生、楽しみにしててくださいね。綾瀬さん、幸せそうにチョコ作ってましたから」

「まだ病棟にいたと思うので、10Aに行った方がいいかもです」

そう言って、看護師たちは明るい笑顔で去っていった。

残された理久と及川は、状況を飲み込めないまま、その場に立ち尽くした。


及川が、気まずそうに理久を見る。

「あ……あの、先生?」

「なに?」

自分が今どんな表情をしているのか、理久にはわからなかった。

ただ、美月が及川にチョコを渡そうとしている。

その言葉だけが、はっきりと耳に残っている。

「先生、誤解だと思います。俺、何のことか本当にさっぱりわかりませんから」

及川が慌てて否定する。

「何が誤解なの?」

理久はにこり笑った。

「及川、10Aに行ってきた方がいいんじゃない?」

「いやいや、先生。10Aに外科の患者いないの、知ってるじゃないですか」

「知ってるよ」

理久は穏やかにうなずいた。

「でも、綾瀬さんが待ってるんじゃない?」

「先生、やめてくださいってば」

「なんのこと?」

理久は、黒い感情を押し込めたまま、にこりと笑った。

「ほら、業務命令。じゃあ俺は、医局に荷物を置きに行くから」

そう言って、理久は医局へ向かった。

残された及川は、困り果てた顔でその場に取り残された。
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