チョコより甘い光〜バレンタインチョコの行方〜
病棟から少し離れたところまで来て、及川がようやく口を開いた。

「綾瀬、説明してくれない?」

その言葉に、綾瀬は立ち止まった。

及川の方へ向き直り、素直に頭を下げる。

「及川くん、ごめんなさい。まさか、こんな展開になるとは思わなくて……」

綾瀬は気まずそうに目を逸らした。

「本当のことを言うわけにもいかなくて。咄嗟に思いついた名前が、及川くんでした」

「そういうことか……うんうん、なるほど」

及川はようやく事態を把握し、腕を組みながら小さくうなずいた。

「まあ、綾瀬が俺のためにチョコを作るとは思わないから、それはいいんだけどさ」

「そうですよね。そんな勘違いはしないですよね」

「うん。俺はしない」

及川はそこで、微妙な顔をした。

「でも、違う勘違いをした人がいる」

「どういうこと?」

「廊下で、綾瀬が俺のためにチョコを作ったって話をされた時、藤崎先生も一緒だったんだよ」

「えっ……!」

綾瀬が目を見開く。

「……それは……」

「まじで勘弁してよ。俺、すっごい顔で微笑まれたから」

「え? 微笑まれた?」

「10Aに行けって、業務命令されたし。俺、今度こそ刺されるかも」

「いや、刺されるのはどう考えても私でしょ」

「俺は完全に貰い事故」

「だから、本当に申し訳なかったです。今度、何か奢ります」

「いや、それ、逆効果だろ」

「うっ……確かに」

二人は同時にため息をついた。

そして、困ったように笑う。

「それで? どうするの?」

「とりあえず、厚かましいお願いですが、話を合わせてほしいです。作ったのはトリュフなので。……かなり巻き込んでしまいましたが」

綾瀬にしては珍しく、困った顔で頼んでくる。

最後の方は、声が少しずつ小さくなっていった。

及川は頭の後ろに手を回し、先ほどの藤崎先生の含みのある笑顔を思い出した。

あの笑顔を、今後しばらく向けられ続けるのはきつい。

本当にきつい。

「わかった。わかったから。そういうことにしておいてやる」

今はまだ、二人の関係を公にできない。

そうである以上、綾瀬の味方になるしかない。

ただし、立場上、藤崎先生の誤解だけは解いてもらわなければ、仕事がやりにくくて仕方がない。

及川は目を細め、綾瀬を見た。

「綾瀬。王子の誤解だけは、ちゃんと解いておいて。あの笑顔に刺され続けるのだけは勘弁だから」

「わ……わかりました」

「じゃあ、俺はこのまま医局に戻るから。10Aは任せた」

そう言って、及川は一足先に去っていった。
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