チョコより甘い光〜バレンタインチョコの行方〜

side 及川

及川が医局に戻ると、藤崎先生の姿はなかった。

ただ、藤崎先生の机の上には、大きな袋が置かれている。

中には、外来や病棟でもらったらしいチョコレートの箱がいくつも入っていた。

「藤崎先生は?」

及川が近くにいた医師に声をかける。

「佐伯と一緒に出て行ったぞ。病棟じゃないか?」


完全に置いていかれた。


本当なら、さっき合流した時点で一緒に行くつもりだったのに。

「藤崎も相変わらずモテるよな。このチョコ、どうするんだ?」

少し離れたところから、そんな声が聞こえた。

やや皮肉にも聞こえる口調だった。

若手ホープとして藤崎先生が医局にいることを、面白く思っていない医師たちもいる。

それでも、藤崎先生には実力がある。

認めざるを得ない。

そういう世界に、藤崎先生は立っている。

綾瀬教授は美月の父で、外科領域では名の知られた医師だ。

ここに、綾瀬教授との関係まで明るみに出たら。

一体、どんな言葉を投げられるのだろう。

及川は、まだそんなことは考えたくなかった。

まずは外科病棟へ向かうことにした。

* * *

ようやく外科病棟で藤崎先生を見つけると、その隣には佐伯がいた。

佐伯の手には袋がある。

そこにも、チョコレートの箱がいくつか入っていた。

「及川、遅い」

佐伯が小さく言った。

及川は不本意そうな顔をしたが、藤崎先生の手前、その話題には触れたくない。

「すみません。遅れました」

ここは不本意でも、頭を下げておく。

不本意というより、もはや理不尽の領域だ。

とはいえ、口が裂けても言えない。

「頼んだ業務の報告は?」

藤崎先生は電子カルテを見たまま、目も合わせずに切り込んできた。

涼しい顔をしている。

この人は、あくまで業務だと言い張るつもりらしい。

及川は半目になりながら、淡々と報告した。

「どうやら間違いだったようで、収穫なしでした」

チョコはもらっていない。

だから、収穫なし。

そう伝えるしかない。


公私混同もいいところだ。


「え? 何の話だよ」

隣で佐伯が不思議そうな顔をする。

「いいから。気にするな」

及川は、小さく手を振って追い払うような仕草をした。

「収穫なし……か」

藤崎先生が、そこでようやく顔を上げた。

そして、にこりと微笑む。

「それは残念だったね」

残念という言葉とは、まるで似つかわしくない表情だった。


――俺の美月が、及川にチョコを渡すわけないよね。


そう言われた気がした。

もちろん、藤崎先生は何も言っていない。

その表情から本心を読み取ることもできない。

けれど及川は、勝手にそう解釈しておくことにした。


今夜、二人は修羅場になるのか。

それとも、甘い夜になるのか。


及川には、まったく想像がつかなかった。
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