チョコより甘い光〜バレンタインチョコの行方〜

side 理久

病棟の仕事を終え、理久は医局に戻った。

相変わらず及川は、こちらに気を遣うようにちらちらと視線を向けてくる。

けれど、いちいち院内で相手にしているわけにもいかない。

理久は気づかないふりをした。

佐伯はそんな及川の様子を見て、「何かやらかしたのか」と聞いていたが、及川も口を閉じるしかない。

ずいぶん損な役回りをさせられている。


その原因は、紛れもなく美月だった。


* * *

白衣を脱ぎ、理久は医局を出る。

すっかり遅くなった空には、都内の明るさの中でも見える一等星が輝いていた。

「藤崎」

帰り道、桐谷に声をかけられた。

明らかに含みのある、楽しげな顔をしている。

理久はちらりと一瞥しただけで、そのまま前を向いた。

「おっと、つれないな。ご機嫌斜め?」

「別に」

桐谷の視線が、理久の持つ大きめの袋へ向かう。

「相変わらずのモテ王子だな」

理久は返事をしなかった。

今さら、その手の言葉に付き合う気にもなれない。

それでも桐谷は、ますます面白そうにこちらを見ている。

理久は小さく息を吐いた。

「なんだよ。何か言いたいことがあるんだろ。大方、予想はつくけど」

「綾瀬の想い人は及川だった事件?」

「……いつから事件になったわけ?」

桐谷は笑いをこらえている。

「綾瀬が帰ったあと、10Aの若手看護師たちが、綾瀬さんはやっぱり及川先生のことをずっと好きだったんですね、ってしみじみ話してたからな」


美月から及川へ。

そういう恋のベクトルが向いているように語られるのは、さすがの理久も面白くなかった。


その感情が顔に出ていたのか、隣の桐谷がさらに楽しそうに笑う。

「藤崎、まだチョコもらってないのかよ」

「もらってないよ」

「それは一刻も早く帰りたいところだよな」


痛いところを突いてくる。

友人というより、悪友だ。


理久が冷たく桐谷を睨むと、桐谷はさらに嬉しそうな顔をした。

「昔から変わらないな、その顔。王子なんてもてはやされてるけど、中身はただの面倒な男だもんな。最高すぎる」

桐谷とは小学校からの付き合いだ。

中高も同じ学校へ進み、大学受験を経て、結局同じ大学になった。

外科と内科に分かれた今でも、遠慮なく話せる数少ない相手ではある。

ただ、もう少し遠慮してほしいものだ。

「まあ、カモフラージュにはちょうどいいだろ。及川は被害者だけど、そういう役回りが似合いすぎるやつだよな」

桐谷はそう言って、軽く手を上げた。

「じゃ、綾瀬によろしく」

そして、理久とは反対方向の電車に乗り込んでいった。


美月が及川にチョコを渡すという話が面白くないのか。

それとも、美月からまだチョコをもらっていないことが不満なのか。


理久自身にも、よくわからなくなっていた。
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