【番外編】元・訳あり男装剣士の初めての舞踏会
 王宮の大広間には、華やかな音楽が流れていた。

 高い天井から吊るされたシャンデリアが煌めき、その下を色とりどりのドレスが行き交(か)っている。

 笑い声。

 グラスの触れ合う音。

 楽団が奏でる、優雅な旋律。

 見慣れた光景だった。

 少なくとも。

 ベイルにとっては。

 「…………」

 隣を見る。

 セレスティアが、興味深そうに大広間を見渡していた。

 彼女にとっては。

 これが、初めての舞踏会だ。

 けれど、特に緊張している様子はない。

 背筋を伸ばし。

 落ち着いた様子で、自分の隣に立っている。

 こうしていれば。

 どこから見ても、非の打ち所のない伯爵令嬢だった。

 「……セレスティア」

 「はい?」

 振り向いた彼女へ、手を差し出す。

 「行こうか」

 「はい」

 白い手袋に包まれた手が、重なる。

 そのまま。

 二人で広間の中央へと進んだ。

 やがて。

 楽団が、新たな曲を奏で始める。

 セレスティアの手を取り。

 腰へ手を添える。

 「…………」

 先日の稽古が、頭を過(よぎ)った。

 あの時。

 セレスティアは、まともに自分を見ることすらできなくなった。

 胸がどきどきする。

 顔が熱い。

 そう言って。

 最後には、逃げるように部屋を出ていった。

 だが。

 今は。

 音楽に合わせて、一歩。

 そして、もう一歩。

 セレスティアの身体が、自然に動く。

 足の運びも。

 姿勢も。

 こちらの動きに合わせることも。

 「…………」

 ふと。

 目が合った。

 セレスティアが、まっすぐにこちらを見ている。

 逸らさない。

 それどころか。

 どこか嬉しそうに。

 その淡い紫の瞳が、柔らかく細められた。

 ――どくん。

 「…………」

 胸が鳴った。

 その瞬間。

 ベイルは、眉を寄せた。

 何だ。

 今のは。

 もう一度。

 目の前のセレスティアを見る。

 シャンデリアの光を受けて煌めく、灰銀色の髪。

 舞踏会のために華やかに装った姿。

 そして。

 自分を見つめている、淡い紫の瞳。

 ――どくん。

 また。

 胸が鳴る。

 「…………」

 そこで。

 ふと、思い出した。

 数日前。

 セレスティアに尋ねられたことを。

 『では、ベイルはどんな時にどきどきするのですか?』

 そして。

 自分が答えた言葉を。

 『例えば――好きな相手と踊る時、とか』

 「…………」

 なるほど。

 自分で言っておいて、何だが。

 好きな相手と踊るというのは。

 どうやら。

 思っていた以上に――。

 心臓に悪いらしい。

 「……ベイル?」

 「ん?」

 「どうかしました?」

 「いや」

 「?」

 「……なんでもない」

 そう答えて。

 もう一度、セレスティアを見る。

 すると。

 セレスティアが、ふわりと笑った。

 「…………」

 どくん。

 また。

 胸が、大きく鳴った。

 これは――。

 参ったな。

 あの日。

 自分を見て、胸がどきどきすると言ったセレスティア。

 顔が熱いと戸惑って。

 どうしてなのか分からないと、不思議そうに胸へ手を当てていた。

 ずいぶんと可愛いことを言うものだと、思っていたのに。

 「…………」

 まさか。

 今度は、自分の番らしい。

 これまで、舞踏会など何度も出席してきた。

 誰と踊ろうと。

 そこに特別な意味などなかった。

 けれど。

 今夜は違う。

 目の前には、セレスティアがいる。

 その手を取り。

 その瞳を見つめながら、踊る。

 ただ、一緒に踊っているだけなのに――。

 今までとは、まるで違う。

 今夜のことは、きっと忘れない。

 好きな相手と踊るというのは。

 どうやら。

 ――特別なものらしい。
 
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