【番外編】元・訳あり男装剣士の初めての舞踏会
夕食を終えた後。
アーデン家での家族の居間では、数日後に控えた王宮の舞踏会の話で、まだ賑わっていた。
「こちらの髪飾りも素敵だと思うのよね」
ライザが楽しそうに、卓上に並べられた髪飾りを見比べている。
「でもお母様、ドレスが淡い色合いですから、あまり華やかにしすぎない方がよろしいのでは?」
「そうかしら。だって、セレスティアにとっては初めての舞踏会なのよ?」
「だからといって、全部盛ればいいというものではありません」
「分かっているわよ」
そのやりとりを眺めながら、セレスティアは紅茶を口にした。
舞踏会の為の準備は、すでにほとんど整っている。
ドレスも仕立て上がりを待つばかりだ。
けれどライザにとっては、それでもまだ考えることがいくらでもあるらしい。
そして――。
「…………」
セレスティアは、そっと視線を横へ向けた。
少し離れたところに、ベイルがいる。
長椅子に腰掛け、何やら書類に目を通している。
いつもと変わらない光景である。
少なくともセレスティアにとっては。
『以前はお仕事から戻っても、食事を済ませればすぐお部屋へ戻ってしまうことが多かったんですが』
『最近は、夕食の後も、なぜか家族の居間に残っているんですよね』
『それも、セレスティア様がいらっしゃる時に限って』
「…………」
――いる。
本当に、いる。
けれど。
エレノア様の話によると、以前は違ったらしい。
セレスティアは紅茶を一口飲んだ。
どうしてだろう。
気になる。
非常に気になる。
「……セレスティア?」
「はい」
不意に呼ばれて、顔を上げる。
ベイルが書類から目を離し、こちらを見ていた。
「さっきから、どうした?」
「何がでしょうか」
「いや……」
ベイルが書類を膝の上へ置く。
「何度も、こっちを見ているから」
「…………」
見ていたらしい。
「申し訳ありません」
「謝ることじゃないが」
「何かあるのか?」
「…………」
「少し気になって」
「またか」
ベイルが、小さく息を吐いた。
先ほど玄関で質問攻めにしたことを言っているのだろう。
「今度は何だ?」
「ベイル様は、いつも夕食の後はこちらにいらっしゃるのですか?」
「…………」
エレノアの手が止まった。
「最近は、そうだな」
「では、以前は違ったのですか?」
「……自分の部屋に戻ることが多かったが」
「……やはり、そうなんですね」
「やはり?」
ベイルの眉が僅かに寄る。
「…………」
エレノアが無言でこちらを見ている。
ベイルはしばらくセレスティアを見つめ、口を開いた。
「お前、茶会から帰ってきてから、どうも様子がおかしくないか?」
「そうでしょうか?」
「一体、茶会で何があったんだ」
「いえ、特に何かあった訳では――」
ベイルは納得していない様子で、セレスティアを見つめている。
「じゃあ、一体、どんな話をしてきたんだ?」
「それは――」
セレスティアは、答えようとして口を開いた。
その瞬間。
「そ、そういえば!」
エレノアが、ひときわ明るい声をあげた。
全員の視線が集まる。
「今日のお茶会では、今度開かれる舞踏会のお話もしたんです」
「……舞踏会?」
ベイルが僅かに眉を寄せる。
「はい。セレスティア様にとっては、今回が初めての舞踏会ですものね」
「そうなのよ」
ライザが嬉しそうに話へ加わった。
「舞踏の稽古はもう十分だって、先生からも聞いているけれど。実際の舞踏となれば、また違うでしょう?」
「そうですね」
セレスティアは素直に頷いた。
「でしたら、一度くらい本番前に二人で合わせておいた方がいいのではありません?」
「婚約者として一緒に出席するのであれば、二人で踊ることになりますし」
「そうね。それがいいわ」
ライザがぱっと顔を輝かせた。
「せっかくだもの。明日にでも一度、二人で踊ってみたら?」
「明日ですか?」
セレスティアは、ベイルを見た。
ベイルもこちらを見る。
「俺は構わないが」
「…………」
――ベイルと踊る。
その時。
今日の茶会で聞いた話が、頭の中をよぎった。
『でも、好きな方と踊るのって、やっぱり特別ですわよね』
『ええ』
『素敵』
『ええ、本当に』
『きっと、忘れられない夜になりますわ』
舞踏の稽古なら、これまで何度もしている。
相手がベイルになったところで、何も変わらないはずだ。
――たぶん。
「では、お願いします」
「ああ」
「まあ、楽しみね」
ライザが嬉しそうに笑う。
話は、あっさりと決まった。
その隣で、エレノアがほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、兄の追及を逸らすことには成功したらしい。
アーデン家での家族の居間では、数日後に控えた王宮の舞踏会の話で、まだ賑わっていた。
「こちらの髪飾りも素敵だと思うのよね」
ライザが楽しそうに、卓上に並べられた髪飾りを見比べている。
「でもお母様、ドレスが淡い色合いですから、あまり華やかにしすぎない方がよろしいのでは?」
「そうかしら。だって、セレスティアにとっては初めての舞踏会なのよ?」
「だからといって、全部盛ればいいというものではありません」
「分かっているわよ」
そのやりとりを眺めながら、セレスティアは紅茶を口にした。
舞踏会の為の準備は、すでにほとんど整っている。
ドレスも仕立て上がりを待つばかりだ。
けれどライザにとっては、それでもまだ考えることがいくらでもあるらしい。
そして――。
「…………」
セレスティアは、そっと視線を横へ向けた。
少し離れたところに、ベイルがいる。
長椅子に腰掛け、何やら書類に目を通している。
いつもと変わらない光景である。
少なくともセレスティアにとっては。
『以前はお仕事から戻っても、食事を済ませればすぐお部屋へ戻ってしまうことが多かったんですが』
『最近は、夕食の後も、なぜか家族の居間に残っているんですよね』
『それも、セレスティア様がいらっしゃる時に限って』
「…………」
――いる。
本当に、いる。
けれど。
エレノア様の話によると、以前は違ったらしい。
セレスティアは紅茶を一口飲んだ。
どうしてだろう。
気になる。
非常に気になる。
「……セレスティア?」
「はい」
不意に呼ばれて、顔を上げる。
ベイルが書類から目を離し、こちらを見ていた。
「さっきから、どうした?」
「何がでしょうか」
「いや……」
ベイルが書類を膝の上へ置く。
「何度も、こっちを見ているから」
「…………」
見ていたらしい。
「申し訳ありません」
「謝ることじゃないが」
「何かあるのか?」
「…………」
「少し気になって」
「またか」
ベイルが、小さく息を吐いた。
先ほど玄関で質問攻めにしたことを言っているのだろう。
「今度は何だ?」
「ベイル様は、いつも夕食の後はこちらにいらっしゃるのですか?」
「…………」
エレノアの手が止まった。
「最近は、そうだな」
「では、以前は違ったのですか?」
「……自分の部屋に戻ることが多かったが」
「……やはり、そうなんですね」
「やはり?」
ベイルの眉が僅かに寄る。
「…………」
エレノアが無言でこちらを見ている。
ベイルはしばらくセレスティアを見つめ、口を開いた。
「お前、茶会から帰ってきてから、どうも様子がおかしくないか?」
「そうでしょうか?」
「一体、茶会で何があったんだ」
「いえ、特に何かあった訳では――」
ベイルは納得していない様子で、セレスティアを見つめている。
「じゃあ、一体、どんな話をしてきたんだ?」
「それは――」
セレスティアは、答えようとして口を開いた。
その瞬間。
「そ、そういえば!」
エレノアが、ひときわ明るい声をあげた。
全員の視線が集まる。
「今日のお茶会では、今度開かれる舞踏会のお話もしたんです」
「……舞踏会?」
ベイルが僅かに眉を寄せる。
「はい。セレスティア様にとっては、今回が初めての舞踏会ですものね」
「そうなのよ」
ライザが嬉しそうに話へ加わった。
「舞踏の稽古はもう十分だって、先生からも聞いているけれど。実際の舞踏となれば、また違うでしょう?」
「そうですね」
セレスティアは素直に頷いた。
「でしたら、一度くらい本番前に二人で合わせておいた方がいいのではありません?」
「婚約者として一緒に出席するのであれば、二人で踊ることになりますし」
「そうね。それがいいわ」
ライザがぱっと顔を輝かせた。
「せっかくだもの。明日にでも一度、二人で踊ってみたら?」
「明日ですか?」
セレスティアは、ベイルを見た。
ベイルもこちらを見る。
「俺は構わないが」
「…………」
――ベイルと踊る。
その時。
今日の茶会で聞いた話が、頭の中をよぎった。
『でも、好きな方と踊るのって、やっぱり特別ですわよね』
『ええ』
『素敵』
『ええ、本当に』
『きっと、忘れられない夜になりますわ』
舞踏の稽古なら、これまで何度もしている。
相手がベイルになったところで、何も変わらないはずだ。
――たぶん。
「では、お願いします」
「ああ」
「まあ、楽しみね」
ライザが嬉しそうに笑う。
話は、あっさりと決まった。
その隣で、エレノアがほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、兄の追及を逸らすことには成功したらしい。