【番外編】元・訳あり男装剣士の初めての舞踏会
第三話「答え合わせ」
外へ出ると、ひんやりとした風が頬を撫でた。
セレスティアは、小さく息を吐く。
「…………」
胸元へそっと手を当てた。
まだ、少し速い。
けれど先ほどよりは、落ち着いてきた気がする。
「……どうして」
ベイルと目が合っただけで、胸が騒いだ。
顔が熱くなって。
口づけのことを思い出した途端、足まで動かなくなった。
「…………」
こんなことは、今までなかった。
昨日までは、ベイルの顔を見ても平気だったのに。
それなのに、今は――。
「……困りました」
数日後には、舞踏会がある。
そして、ベイルと踊るのだ。
これでは。
ベイルと踊れない。
その時。
背後で、音がした。
振り返る。
「ベイル……」
ベイルが立っていた。
しばらくこちらの様子を窺うようにしていたが、やがて静かに近づいてくる。
「気分はどうだ?」
「大丈夫です」
「そうか」
短く答えたあとも、ベイルは何か言いたげにセレスティアを見ていた。
「……エレノアから聞いた」
「何をですか?」
一度、言葉を選ぶような間があった。
「昨日の茶会で……口づけの話をしたと」
その言葉に、セレスティアはベイルを見た。
目が合う。
けれど、今度はベイルの方がどこか気まずそうに視線を外した。
「……あの時は、悪かった」
「え?」
「お前が何も知らないのに、俺が勝手に――」
言葉が、そこで途切れる。
短い逡巡の後、ベイルは言い直すように続けた。
「驚かせた」
「…………」
ベイルはそれ以上何も言わず、セレスティアの返事を待っている。
「……別に、そのことで怒っているわけではないです」
「…………」
ベイルがセレスティアを見る。
「嫌だったわけでも……」
「…………」
その言葉を受けて、ベイルの表情に戸惑いが浮かんだ。
「……そう……なのか?」
「はい」
ベイルは、しばらくセレスティアを見つめていた。
やがて。
張り詰めていたものを解くように、深く息を吐いた。
「ただ……」
「ただ?」
「昨日までは、知らなかったので」
ベイルが、僅かに眉を寄せる。
「今までなら、気にしなかったことまで……今は、いろいろ考えてしまうんです」
意味を掴みかねているのか、ベイルは続きを待っている。
「ベイルを見ると、思い出してしまいます」
「何を?」
「……その……口づけのことを」
ベイルの表情が、僅かに強張った。
「私、何をされようとしているのか……わからなくて……」
「あれは……その……もっと、深い口づけというのをしようとしていたんですよね?」
「…………」
ベイルは、すぐには答えなかった。
一度セレスティアから視線を外す。
何かを言いかけるように口を開き――けれど、結局何も言わずに閉じた。
「……ベイル?」
呼ばれて、再びセレスティアを見る。
それから、その真っ直ぐな視線から逃れることを諦めたように、息を吐いた。
「……そうだ」
その言葉を聞いた途端。
セレスティアは、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に引っかかっていたものが、ようやくすとんと収まる。
「はぁ……やはり、そうだったんですね」
あの時から分からないままだったことに、ようやく答えが見つかった。
そして――少しだけ、ほっとした。
「よかった……安心しました」
「安心?」
ベイルが、訝しげに聞き返す。
「はい。何をされようとしていたのか、わからなかったので」
あの時、ベイルからは、あれも口づけなのだと聞いた。
けれど、それが一体どのような口づけなのかまでは、分からないままだった。
「ですが、昨日のお茶会で、口づけについていろんなお話を聞けましたから」
セレスティアの声が、少し弾む。
「とても勉強になりました」
「…………」
ベイルは、しばらくそんなセレスティアを見つめていた。
やがて、何かに思い至ったような表情に変わる。
「……昨日言っていた『勉強になった』って、そういうことだったのか?」
「はい」
セレスティアは、どこか清々しい面持ちで頷いた。
だが。
なぜだろう。
ベイルは逆に、どことなく疲れたような顔をしている。
「……ベイル?」
「いや」
ベイルは小さく息を吐いた。
「お前が納得したなら、それでいい」
セレスティアは、その言葉を素直に受け取った。
ようやく、分かった。
あの時。
ベイルが何をしようとしていたのか。
これでもう、気にすることはない。
そう思いながら、セレスティアは改めて目の前のベイルを見た。
「…………」
そして。
ふと、その唇へ視線が落ちる。
「…………っ」
どくん、と。
また、胸が大きく鳴った。
セレスティアは、小さく息を吐く。
「…………」
胸元へそっと手を当てた。
まだ、少し速い。
けれど先ほどよりは、落ち着いてきた気がする。
「……どうして」
ベイルと目が合っただけで、胸が騒いだ。
顔が熱くなって。
口づけのことを思い出した途端、足まで動かなくなった。
「…………」
こんなことは、今までなかった。
昨日までは、ベイルの顔を見ても平気だったのに。
それなのに、今は――。
「……困りました」
数日後には、舞踏会がある。
そして、ベイルと踊るのだ。
これでは。
ベイルと踊れない。
その時。
背後で、音がした。
振り返る。
「ベイル……」
ベイルが立っていた。
しばらくこちらの様子を窺うようにしていたが、やがて静かに近づいてくる。
「気分はどうだ?」
「大丈夫です」
「そうか」
短く答えたあとも、ベイルは何か言いたげにセレスティアを見ていた。
「……エレノアから聞いた」
「何をですか?」
一度、言葉を選ぶような間があった。
「昨日の茶会で……口づけの話をしたと」
その言葉に、セレスティアはベイルを見た。
目が合う。
けれど、今度はベイルの方がどこか気まずそうに視線を外した。
「……あの時は、悪かった」
「え?」
「お前が何も知らないのに、俺が勝手に――」
言葉が、そこで途切れる。
短い逡巡の後、ベイルは言い直すように続けた。
「驚かせた」
「…………」
ベイルはそれ以上何も言わず、セレスティアの返事を待っている。
「……別に、そのことで怒っているわけではないです」
「…………」
ベイルがセレスティアを見る。
「嫌だったわけでも……」
「…………」
その言葉を受けて、ベイルの表情に戸惑いが浮かんだ。
「……そう……なのか?」
「はい」
ベイルは、しばらくセレスティアを見つめていた。
やがて。
張り詰めていたものを解くように、深く息を吐いた。
「ただ……」
「ただ?」
「昨日までは、知らなかったので」
ベイルが、僅かに眉を寄せる。
「今までなら、気にしなかったことまで……今は、いろいろ考えてしまうんです」
意味を掴みかねているのか、ベイルは続きを待っている。
「ベイルを見ると、思い出してしまいます」
「何を?」
「……その……口づけのことを」
ベイルの表情が、僅かに強張った。
「私、何をされようとしているのか……わからなくて……」
「あれは……その……もっと、深い口づけというのをしようとしていたんですよね?」
「…………」
ベイルは、すぐには答えなかった。
一度セレスティアから視線を外す。
何かを言いかけるように口を開き――けれど、結局何も言わずに閉じた。
「……ベイル?」
呼ばれて、再びセレスティアを見る。
それから、その真っ直ぐな視線から逃れることを諦めたように、息を吐いた。
「……そうだ」
その言葉を聞いた途端。
セレスティアは、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に引っかかっていたものが、ようやくすとんと収まる。
「はぁ……やはり、そうだったんですね」
あの時から分からないままだったことに、ようやく答えが見つかった。
そして――少しだけ、ほっとした。
「よかった……安心しました」
「安心?」
ベイルが、訝しげに聞き返す。
「はい。何をされようとしていたのか、わからなかったので」
あの時、ベイルからは、あれも口づけなのだと聞いた。
けれど、それが一体どのような口づけなのかまでは、分からないままだった。
「ですが、昨日のお茶会で、口づけについていろんなお話を聞けましたから」
セレスティアの声が、少し弾む。
「とても勉強になりました」
「…………」
ベイルは、しばらくそんなセレスティアを見つめていた。
やがて、何かに思い至ったような表情に変わる。
「……昨日言っていた『勉強になった』って、そういうことだったのか?」
「はい」
セレスティアは、どこか清々しい面持ちで頷いた。
だが。
なぜだろう。
ベイルは逆に、どことなく疲れたような顔をしている。
「……ベイル?」
「いや」
ベイルは小さく息を吐いた。
「お前が納得したなら、それでいい」
セレスティアは、その言葉を素直に受け取った。
ようやく、分かった。
あの時。
ベイルが何をしようとしていたのか。
これでもう、気にすることはない。
そう思いながら、セレスティアは改めて目の前のベイルを見た。
「…………」
そして。
ふと、その唇へ視線が落ちる。
「…………っ」
どくん、と。
また、胸が大きく鳴った。