溺愛、しないで
私は足下に置いていた鞄をひっ掴み、一目散に扉へと走り出す。
しかし、そうすると分かっていたかのような速さで鞄を掴まれて引っ張られたせいで、私は体勢を崩して後ろへとすっ転んだ。
床についた左手に強い負荷がかかり、鋭い痛みが走る。
私は一瞬のうちに鞄を捨てる覚悟を決め、持ち手から腕を抜いてまた無様に走り出す。
鞄を拾って逃げられるとは思えなかった。
後ろは怖くて振り返れないまま、扉の取手を掴んで思い切り前に力を入れるが、何故か扉はびくともしない。
なんでっ……!?
「紫一千映ちゃん。珍しい苗字っスね」
──聞き間違えようのない自分の名前。
心の底から出た疑問は、後ろを振り向いただけで解決してしまう。