独占愛は夜より深く。

第五章

倉庫の外に出た瞬間、夜風が熱くなった頬を冷ました。

けれど、落ち着くどころか心臓はますます速くなる。
月影のメンバーたちが次々に動き出す中、要だけがまっすぐ私のほうへ歩いてきた。

「乗れ」

低く言って差し出されたのは、黒と銀のヘルメットだった。
月影の色。
鈍く光るその色が、今夜の空気によく似ている。

「……私も本当に行くの」

「ここまで来て置いていけると思うか」

少し呆れたみたいに言われて、胸がきゅっとなる。
それは冷たい言い方なのに、見放す響きはひとつもなかった。

要が自分でヘルメットを私の頭にかぶせる。
指先が耳の横をかすめて、息が止まりそうになる。

「じっとしてろ」

顎紐を留める仕草まで丁寧で、また胸がうるさくなる。

「要って、そういうとこずるい」

「何が」

「乱暴なのに、やさしい」

その一言に、要の手が一瞬だけ止まった。
けれどすぐに留め具を整えて、低く笑う。

「おまえにだけだ」

短いのに、甘すぎる。
こんな状況なのに顔が熱くなる自分が悔しい。

少し離れた場所で、碧がにやにやしながらこっちを見ていた。
恒一は呆れたように肩をすくめ、伊織はすでに次の動きに意識を向けている。

「総長、移動中くらいは顔ゆるめすぎないでね」

「碧」

「はいはい」

軽口が飛んでも、要は気にしない。
その代わりみたいに、私の手首を取って自分の近くへ引き寄せる。

バイクのそばに立たされると、黒い車体が思った以上に大きく見えた。
怖い。
でも、要のそばにいると不思議と逃げたい気持ちにはならない。

「後ろ、ちゃんとつかまれ」

「どこに」

「俺に」

即答だった。

私はためらいながら、そっと要の背中に手を回す。
それだけのつもりだったのに、次の瞬間、彼の手が私の手首を取ってさらに深く引き寄せた。

「そんなんじゃ足りない」

「え」

「離れたら困る」

背中越しに落ちる声が、妙にやさしい。
結局私は、彼の腰にしっかり腕を回すことになった。

近い。
ぴったりと触れる距離に、さっきのキスまで思い出してしまう。

「これでいい」

要がそう言って、私の手の上に一瞬だけ自分の手を重ねた。
大丈夫だと言われたみたいで、少しだけ呼吸が楽になる。

エンジンがかかる。
低い振動が体に伝わって、夜の空気が張りつめる。

「紗菜」

「……なに」

「怖くなったら、もっとつかまれ」

「もう十分つかまってる」

「まだ足りないかもしれない」

からかわれているのかと思った。
でも要の声は本気だった。

私は小さく唇を噛んで、さらに少しだけ腕に力を込める。
その途端、要の肩がわずかに揺れた。

「……それは反則」

「え?」

「おまえが素直だと、ほんとに余裕なくなる」

そんなこと言われたら、もう何も言えない。

合図とともに、月影の数台が静かに動き出す。
先頭は恒一。
後方に碧。
伊織は別ルートで先に確認に向かうらしい。

要のバイクもゆっくり進み始めた。
夜の街の灯りが流れていく。
冷たい風が頬をなでるのに、彼に触れているところだけがずっと熱い。

怖い夜のはずなのに。
兄の真相に近づくはずなのに。
今だけは、要の背中にしがみついているこの距離が、ひどく安心できた。

不意に、片手を離した要が後ろへ伸ばし、私の指先に触れる。
確かめるみたいに、軽く握る。

驚いて顔を上げると、彼は前を向いたまま言った。

「ちゃんといるな」

そのひと言に、胸がいっぱいになる。

ただそばにいることを、こんなふうに大事にされたことなんてなかった。

「……いるよ」

風に消えそうなくらい小さな声だったのに、要には届いたらしい。
彼の肩越しに、少しだけ笑った気配がした。

「ならいい」

それだけで、また鼓動が速くなる。

夜の道を進みながら、私はそっと目を閉じた。
闇の中へ向かっているのに、こんなにも甘い。
危険の前なのに、こんなにも離れがたい。
< 18 / 38 >

この作品をシェア

pagetop