独占愛は夜より深く。
「大丈夫」
「大丈夫でも触る」
そう言って当然みたいな顔をするから、何も返せなくなる。
少し離れた場所では、恒一が周囲を確認していた。
碧は路地の奥を見ながら、いつもの軽さを消している。
伊織は先に着いていたらしく、古い建物の入口の前に立っていた。
そこは、看板の外れた小さな雑居ビルだった。
窓は暗く、もう使われていないように見える。
でも近づくほどに、ここがただの廃ビルじゃないとわかる。
人の出入りを隠しているような、嫌な静けさがあった。
「ここです」
伊織が低い声で言う。
「鍵の刻印と一致しました。地下に旧式の保管設備が残っている可能性があります」
「見張りは」
恒一の問いに、碧が肩越しに答える。
「表は静か。でも静かすぎる。たぶん中にいる」
要は一度だけうなずくと、私のほうを見た。
「紗菜、ここから先は絶対に俺のそばを離れるな」
真っ直ぐな目。
命令のようでいて、その奥には不安がにじんでいた。
「……うん」
素直にうなずくと、要の指がそっと私の手に触れた。
そのまま、しっかりと握られる。
「行くぞ」
大きくて少し冷たい手。
なのに、つながれた瞬間だけ世界が少し静かになる。
要を先頭に、私たちはビルの中へ入った。
中はひんやりしていて、古い埃の匂いがした。
割れたタイル。
かすかに軋む床。
使われなくなった建物のはずなのに、どこかに最近の気配が残っている。
階段の前で、要が立ち止まる。
「地下だ」
伊織が小さくうなずく。
恒一は前方。
碧は後方。
自然に私を囲む形になっているのを見て、守られているのだと実感した。
一段ずつ、慎重に階段を下りる。
そのたびに鼓動が大きくなる。
地下へ近づくほど、空気はさらに重くなった。
息苦しい。
兄もこの場所に来たのだろうか。
ここで何を見て、何を残そうとしたのだろう。
「紗菜」
不意に要が小さく呼ぶ。
「顔、青い」
「……平気」
「無理するな」
言いながら、要は握っていた手に少しだけ力を込めた。
励ますみたいに。
大丈夫だと言い聞かせるみたいに。
そのやさしさが、逆に泣きそうになる。
地下の廊下は細く、突き当たりに古い鉄の扉があった。
扉の横には、今ではほとんど見かけない鍵穴つきの操作盤。
銀色の鍵がぴたりとはまりそうな形だった。
「これだな」
恒一が低くつぶやく。
私は制服のポケットを押さえかけて、もう鍵を要に渡したのだと思い出す。
要は無言で鍵を取り出した。
けれど差し込む前に、その動きが止まる。
「どうしたの」
私が小さく聞くと、要は扉の下へ視線を落とした。
「……新しい傷がある」
みんなの空気が変わる。
伊織がすぐにしゃがみ込み、床を確認する。
薄い埃の上に、靴跡が残っていた。
古いものじゃない。
つい最近ついた跡だ。
「先に誰か入っています」
そのひと言に、背筋がぞくりと冷える。
敵かもしれない。
兄の秘密を狙う誰かが、もうここまで来ている。
反射的に要の腕をつかむと、彼はすぐにこちらを見た。
「大丈夫だ」
低く、落ち着いた声。
自分に言い聞かせるためでもあるみたいな、静かな強さだった。
「俺がいる」
そのひと言で、震えそうだった足に少しだけ力が戻る。
要は鍵を差し込み、ゆっくり回した。
重い金属音が地下に響く。
扉がわずかに開く。
暗い。
その奥に何があるのか、まだ見えない。
けれど確実に、真相はすぐそこまで来ていた。
要が私の前に立つ。
まるで何があっても先に自分が受けると決めているみたいに。
「開けるぞ」
その声と同時に、地下の冷たい空気がさらに深く流れ出した。
「大丈夫でも触る」
そう言って当然みたいな顔をするから、何も返せなくなる。
少し離れた場所では、恒一が周囲を確認していた。
碧は路地の奥を見ながら、いつもの軽さを消している。
伊織は先に着いていたらしく、古い建物の入口の前に立っていた。
そこは、看板の外れた小さな雑居ビルだった。
窓は暗く、もう使われていないように見える。
でも近づくほどに、ここがただの廃ビルじゃないとわかる。
人の出入りを隠しているような、嫌な静けさがあった。
「ここです」
伊織が低い声で言う。
「鍵の刻印と一致しました。地下に旧式の保管設備が残っている可能性があります」
「見張りは」
恒一の問いに、碧が肩越しに答える。
「表は静か。でも静かすぎる。たぶん中にいる」
要は一度だけうなずくと、私のほうを見た。
「紗菜、ここから先は絶対に俺のそばを離れるな」
真っ直ぐな目。
命令のようでいて、その奥には不安がにじんでいた。
「……うん」
素直にうなずくと、要の指がそっと私の手に触れた。
そのまま、しっかりと握られる。
「行くぞ」
大きくて少し冷たい手。
なのに、つながれた瞬間だけ世界が少し静かになる。
要を先頭に、私たちはビルの中へ入った。
中はひんやりしていて、古い埃の匂いがした。
割れたタイル。
かすかに軋む床。
使われなくなった建物のはずなのに、どこかに最近の気配が残っている。
階段の前で、要が立ち止まる。
「地下だ」
伊織が小さくうなずく。
恒一は前方。
碧は後方。
自然に私を囲む形になっているのを見て、守られているのだと実感した。
一段ずつ、慎重に階段を下りる。
そのたびに鼓動が大きくなる。
地下へ近づくほど、空気はさらに重くなった。
息苦しい。
兄もこの場所に来たのだろうか。
ここで何を見て、何を残そうとしたのだろう。
「紗菜」
不意に要が小さく呼ぶ。
「顔、青い」
「……平気」
「無理するな」
言いながら、要は握っていた手に少しだけ力を込めた。
励ますみたいに。
大丈夫だと言い聞かせるみたいに。
そのやさしさが、逆に泣きそうになる。
地下の廊下は細く、突き当たりに古い鉄の扉があった。
扉の横には、今ではほとんど見かけない鍵穴つきの操作盤。
銀色の鍵がぴたりとはまりそうな形だった。
「これだな」
恒一が低くつぶやく。
私は制服のポケットを押さえかけて、もう鍵を要に渡したのだと思い出す。
要は無言で鍵を取り出した。
けれど差し込む前に、その動きが止まる。
「どうしたの」
私が小さく聞くと、要は扉の下へ視線を落とした。
「……新しい傷がある」
みんなの空気が変わる。
伊織がすぐにしゃがみ込み、床を確認する。
薄い埃の上に、靴跡が残っていた。
古いものじゃない。
つい最近ついた跡だ。
「先に誰か入っています」
そのひと言に、背筋がぞくりと冷える。
敵かもしれない。
兄の秘密を狙う誰かが、もうここまで来ている。
反射的に要の腕をつかむと、彼はすぐにこちらを見た。
「大丈夫だ」
低く、落ち着いた声。
自分に言い聞かせるためでもあるみたいな、静かな強さだった。
「俺がいる」
そのひと言で、震えそうだった足に少しだけ力が戻る。
要は鍵を差し込み、ゆっくり回した。
重い金属音が地下に響く。
扉がわずかに開く。
暗い。
その奥に何があるのか、まだ見えない。
けれど確実に、真相はすぐそこまで来ていた。
要が私の前に立つ。
まるで何があっても先に自分が受けると決めているみたいに。
「開けるぞ」
その声と同時に、地下の冷たい空気がさらに深く流れ出した。