独占愛は夜より深く。
重い扉が、ゆっくりと開いた。
地下の冷たい空気が足元をなでる。
暗い室内の奥には、古びた保管棚が並んでいた。
薄い灯りの中で、その輪郭だけがぼんやり浮かぶ。
でも、最初に見えたのは棚じゃなかった。
人影。
「……っ」
思わず息をのむ。
要がすぐに私の前へ出て、視界を半分ふさいだ。
部屋の中央に立っていたのは、黒いジャケットを着た男だった。
一人ではない。
奥の影にも、あと二人いる。
「遅かったな」
中央の男が、薄く笑う。
その目だけが嫌に冷たい。
恒一が低く舌打ちした。
碧の気配も後ろで鋭く変わる。
伊織は無言のまま、部屋全体を素早く見ていた。
「その鍵、やっぱり持ってたか」
男の視線が、要の手元へ落ちる。
小さな銀色の鍵。
兄が残した、たった一つの手がかり。
要は一歩も引かなかった。
「誰の差し金だ」
短く落ちた声に、相手の笑みが深くなる。
「知ってどうする」
「答えろ」
空気が冷える。
その静けさが、余計に怖い。
私は要の服の裾をぎゅっとつかんだ。
すると彼は後ろ手に、ほんの一瞬だけ私の指に触れた。
大丈夫だと言われたみたいで、少しだけ呼吸が戻る。
男は私を見た。
「その子が白石紗菜か」
名前を呼ばれた瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。
「兄貴に似てるな」
そのひと言で、頭の中が真っ白になる。
兄を知っている。
この人たちは、兄の死に近い場所にいた。
前に出かけた私を、要の腕がすぐに止めた。
「出るな」
「でも……」
「今はだめだ」
低い声なのに、はっきりとした焦りが混ざっていた。
私を近づけたくないのだとわかる。
それが余計に怖かった。
伊織が静かに口を開く。
「棚の右奥。開けられた跡があります」
その言葉に、男たちの空気がわずかに動いた。
もう何かを見たあとかもしれない。
あるいは、持ち去ろうとしていたのかもしれない。
碧が小さく笑う。
「なるほど。だから急いでたんだ」
「月影に嗅ぎつかれる前に終わらせたかったってわけか」
恒一も一歩出る。
けれど中央の男は余裕を崩さない。
「おまえらが来るのも計算のうちだ」
その瞬間。
部屋の奥で、かすかな電子音が鳴った。
伊織の目が鋭くなる。
「まずい。記録の消去が始まっています」
「消去?」
私が思わず声を上げると、伊織が短く説明する。
「この保管設備に残っている情報が、自動で消される仕組みです。このままだと証拠がなくなる」
兄の残したものが消える。
真実まで失われる。
焦りで足が動きそうになった、そのときだった。
要がはっきりと言う。
「紗菜、俺のそばを離れるな」
そう告げたまま、要は鍵を伊織へ投げた。
伊織が正確に受け取る。
「開けられるか」
「やります」
「恒一、碧」
呼ばれた二人が、すぐに動く。
詳しい言葉なんていらないみたいに、月影の空気がひとつになる。
中央の男が笑みを消した。
「行かせると思うか」
空気が一気に張りつめる。
誰かが一歩動けば、すべてが崩れそうなぎりぎりの均衡。
その中で、要だけが異様に静かだった。
「紗菜」
「……なに」
「目、閉じるなよ」
こんな状況なのに、その声は不思議なくらい落ち着いていた。
「おまえが知りたい真実、俺がちゃんと連れていく」
胸が強く鳴る。
怖いのに、その言葉だけで前を向ける気がした。
次の瞬間、室内の空気が大きく動いた。
恒一と碧が進路を切り開くように前へ出て、伊織はまっすぐ右奥の保管棚へ向かう。
私は反射的に要の腕にしがみついた。
要はそんな私を片腕で引き寄せ、完全に背中側へかばう。
「大丈夫」
耳元に落ちたその一言が、どんな音よりも強かった。
暗い保管室。
敵の視線。
消えかける証拠。
兄の死につながる真相。
全部がぐちゃぐちゃに押し寄せてくるのに、要のぬくもりだけははっきりしていた。
やがて奥から、伊織の声が響く。
「開きます!」
その声に、全員の意識が一瞬だけそちらへ向く。
開く。
兄が残した真実が、ついに。
けれど同時に、中央の男もまた動いた。
狙いは私か、それとも中の証拠か。
わからない。
ただ、要の腕がさらに強く私を抱き寄せた。
「絶対に離れるな」
その声とともに、止まっていた夜がまた大きく動き出した。
地下の冷たい空気が足元をなでる。
暗い室内の奥には、古びた保管棚が並んでいた。
薄い灯りの中で、その輪郭だけがぼんやり浮かぶ。
でも、最初に見えたのは棚じゃなかった。
人影。
「……っ」
思わず息をのむ。
要がすぐに私の前へ出て、視界を半分ふさいだ。
部屋の中央に立っていたのは、黒いジャケットを着た男だった。
一人ではない。
奥の影にも、あと二人いる。
「遅かったな」
中央の男が、薄く笑う。
その目だけが嫌に冷たい。
恒一が低く舌打ちした。
碧の気配も後ろで鋭く変わる。
伊織は無言のまま、部屋全体を素早く見ていた。
「その鍵、やっぱり持ってたか」
男の視線が、要の手元へ落ちる。
小さな銀色の鍵。
兄が残した、たった一つの手がかり。
要は一歩も引かなかった。
「誰の差し金だ」
短く落ちた声に、相手の笑みが深くなる。
「知ってどうする」
「答えろ」
空気が冷える。
その静けさが、余計に怖い。
私は要の服の裾をぎゅっとつかんだ。
すると彼は後ろ手に、ほんの一瞬だけ私の指に触れた。
大丈夫だと言われたみたいで、少しだけ呼吸が戻る。
男は私を見た。
「その子が白石紗菜か」
名前を呼ばれた瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。
「兄貴に似てるな」
そのひと言で、頭の中が真っ白になる。
兄を知っている。
この人たちは、兄の死に近い場所にいた。
前に出かけた私を、要の腕がすぐに止めた。
「出るな」
「でも……」
「今はだめだ」
低い声なのに、はっきりとした焦りが混ざっていた。
私を近づけたくないのだとわかる。
それが余計に怖かった。
伊織が静かに口を開く。
「棚の右奥。開けられた跡があります」
その言葉に、男たちの空気がわずかに動いた。
もう何かを見たあとかもしれない。
あるいは、持ち去ろうとしていたのかもしれない。
碧が小さく笑う。
「なるほど。だから急いでたんだ」
「月影に嗅ぎつかれる前に終わらせたかったってわけか」
恒一も一歩出る。
けれど中央の男は余裕を崩さない。
「おまえらが来るのも計算のうちだ」
その瞬間。
部屋の奥で、かすかな電子音が鳴った。
伊織の目が鋭くなる。
「まずい。記録の消去が始まっています」
「消去?」
私が思わず声を上げると、伊織が短く説明する。
「この保管設備に残っている情報が、自動で消される仕組みです。このままだと証拠がなくなる」
兄の残したものが消える。
真実まで失われる。
焦りで足が動きそうになった、そのときだった。
要がはっきりと言う。
「紗菜、俺のそばを離れるな」
そう告げたまま、要は鍵を伊織へ投げた。
伊織が正確に受け取る。
「開けられるか」
「やります」
「恒一、碧」
呼ばれた二人が、すぐに動く。
詳しい言葉なんていらないみたいに、月影の空気がひとつになる。
中央の男が笑みを消した。
「行かせると思うか」
空気が一気に張りつめる。
誰かが一歩動けば、すべてが崩れそうなぎりぎりの均衡。
その中で、要だけが異様に静かだった。
「紗菜」
「……なに」
「目、閉じるなよ」
こんな状況なのに、その声は不思議なくらい落ち着いていた。
「おまえが知りたい真実、俺がちゃんと連れていく」
胸が強く鳴る。
怖いのに、その言葉だけで前を向ける気がした。
次の瞬間、室内の空気が大きく動いた。
恒一と碧が進路を切り開くように前へ出て、伊織はまっすぐ右奥の保管棚へ向かう。
私は反射的に要の腕にしがみついた。
要はそんな私を片腕で引き寄せ、完全に背中側へかばう。
「大丈夫」
耳元に落ちたその一言が、どんな音よりも強かった。
暗い保管室。
敵の視線。
消えかける証拠。
兄の死につながる真相。
全部がぐちゃぐちゃに押し寄せてくるのに、要のぬくもりだけははっきりしていた。
やがて奥から、伊織の声が響く。
「開きます!」
その声に、全員の意識が一瞬だけそちらへ向く。
開く。
兄が残した真実が、ついに。
けれど同時に、中央の男もまた動いた。
狙いは私か、それとも中の証拠か。
わからない。
ただ、要の腕がさらに強く私を抱き寄せた。
「絶対に離れるな」
その声とともに、止まっていた夜がまた大きく動き出した。