独占愛は夜より深く。
「開きます!」

伊織の声が地下室に響いた瞬間、空気が張りつめた。

古い保管棚の扉が、重い音を立ててゆっくり開く。
その中にあったのは、現金でも宝石でもなかった。

分厚い封筒。
古い記録媒体。
そして、何冊もの黒い帳簿。

「……これ」

息をのんだ私の前で、伊織が一番上の帳簿を素早く確認する。
その表情が、ほんのわずかに険しくなった。

「資金の流れです」

「やっぱりか」
恒一が低く吐き捨てる。

中央に立っていた男の顔から、ついに余裕が消えた。
この中身が、知られてはいけないものだと反応だけでわかる。

要は私を背中にかばったまま、伊織へ短く言う。

「読め」

伊織は帳簿をめくり、必要な箇所だけを素早く追った。

「表向きは複数の会社を通した送金記録です。ですが実際は、裏の人間に資金を流すための偽装です」

その声は落ち着いているのに、言葉の重さで足元が冷える。

「ここに白石という名前があります」

心臓が跳ねた。

「私の兄……?」

「おそらく。ただし受け取りではなく、記録者側です」

意味がわからず、私はぎゅっと拳を握る。
兄は金を受け取っていた側ではない。
記録していた。
つまり、内部の流れを把握していたということだ。

伊織はさらに記録媒体を手に取る。

「こちらにも同じ番号が並んでいます。帳簿と照合すれば、誰がどこで金を動かしたか特定できます」

碧が珍しく笑わない声で言った。

「それ、かなりまずいね」

「まずいどころじゃない」
恒一も低く続ける。
「誰か一人の問題じゃねえ。根が深すぎる」

私は息苦しさを覚えながら、保管棚の中を見つめた。
兄はこれを残したかったんだ。
自分が消されるかもしれないとわかっていても。
真実を、誰かに届く形で。

そのとき、中央の男が一歩踏み出した。

「それを持ち出すな」

冷えた声。
けれどもう、さっきまでの余裕はない。

要の目がすっと細くなる。

「おまえに指図される筋合いはない」

「それが表に出れば、何人も終わる」

「だから隠してきたんだろ」

静かな応酬なのに、空気がひりつく。

伊織は手を止めず、封筒の中まで確認していた。
すると、数枚の写真と書類を抜き出して言う。

「名簿です。送金先と関係者一覧。それから日付入りの接触記録」

「どこまである」
要が問う。

「少なくとも三年前からです」

三年前。

その数字に、背筋が凍る。
兄が亡くなったのは半年前。
でもこの記録は、それよりずっと前から続いていた。

「兄は……ずっと知ってたってこと?」

掠れた声でつぶやくと、伊織は一瞬だけ私を見る。

「知っていたはずです。そして抜けようとしたか、残そうとした」

その答えが、胸に重く落ちる。
兄は巻き込まれただけじゃなかった。
危険の中にいて、それでも最後には真実を残そうとした。

要が少しだけ振り返る。
その目には、私を気遣う色があった。

「紗菜」

名前を呼ばれただけで、涙が出そうになる。
でも今は泣けなかった。
泣くより先に、知りたかった。

「黒幕は誰なの」

部屋が静まる。

中央の男が、わずかに口元をゆがめた。
言うべきか迷うみたいに。
けれどその前に、伊織が帳簿の最後のページを開いた。

「……いました」

全員の視線が集まる。

伊織が見つめていたのは、他よりも丁寧に記された最終欄だった。
そこには複数の署名と、統括者を示す印が残されていた。

「資金管理の最終承認者」

低い声で、伊織がその肩書きを読む。

「月城グループ特別管理室」

息が止まった。

私はすぐには、その意味を理解できなかった。
でも次の瞬間、理解してしまう。

月城。

視線が、ゆっくり要へ向かう。

要の表情は変わらない。
変わらないのに、その沈黙が何よりも答えだった。

「……うそ」

声が震える。

月城グループ。
それは要の家の名前。
表では大きな企業として知られ、街にも影響力を持つ存在。
その裏で、兄の死につながる金の流れを握っていた。

つまり。

「要の……家……?」

かろうじて絞り出した言葉に、誰もすぐには返さない。
地下室の空気が一気に冷えた気がした。

恒一が苦い顔で目を伏せる。
碧も笑みを消したまま動かない。
伊織だけが静かに帳簿を閉じる。

そして要が、ゆっくり私のほうを向いた。

逃げない目だった。
ごまかしもしない、まっすぐな目。

「……そうだ」

その一言だけで、胸の奥が崩れた。

好きになりかけていた人。
守ってくれて、抱きしめて、キスをしてくれた人。
その人の家が、兄の死の闇につながっている。

頭の中が真っ白になる。
信じたくないのに、信じるしかない。

それでも要は、私から目をそらさなかった。

「だから俺が終わらせる」

静かで、重い声だった。

「月影も、俺自身も、そのためにここまで来た」

地下室の灯りが、冷たく揺れる。
真相はついに開いた。
でもそれは終わりじゃない。
むしろ、ここから全部が壊れ始める合図だった。
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