独占愛は夜より深く。
壁に沿うように走るうち、私は何度か足をもつれさせそうになる。
そのたびに要の手が、離れるどころか少しずつ強くなる。

「無理なら抱える」

「無理じゃない」

息を切らしながら言い返すと、要がほんの一瞬だけ肩越しに振り返った。
暗がりの中でもわかるくらい、目が少しやわらかい。

「強がるな」

「強がってない」

「してる」

そんなやり取りをしている場合じゃないのに、要の声を聞くと少しだけ怖さが薄れる。
悔しいけれど、それが本当だった。

通路の先に、古い鉄扉が見える。
伊織が先に手をかけた、そのとき。

上の階から、複数の足音が響いた。

私はびくっと肩を震わせる。
要がすぐに私の肩を抱き寄せた。

「見るな。こっちだけ見てろ」

低い声。
命令みたいなのに、ひどくやさしい。

思わず見上げると、要の横顔は冷たく張りつめていた。
でも私に向ける目だけは違う。
焦りも不安も全部押し込めて、それでも安心させようとしてくれている。

どうしてこの人は、こんなときまで。

胸が苦しくなる。
兄のことを思えば簡単に寄りかかっちゃいけないのに、心だけがどんどん要に向いてしまう。

扉が開く。
ひんやりした外気が流れ込んできた。

「出るぞ」

恒一が先に確認し、碧が周囲を見回す。
表通りではなく、建物裏の細い路地だった。
まだ完全に安全じゃない。
でも進むしかない。

外へ出た瞬間、私は大きく息を吸った。
夜の空気が肺に痛いくらい入ってくる。

そのまま数歩進んだところで、緊張が切れたのか足がふらついた。
次の瞬間、要の腕が腰に回る。

「だから言った」

「……平気」

「平気な顔してない」

支えられたままそう言われて、何も返せなくなる。
悔しいくらい、全部見抜かれている。

恒一たちは少し先で周囲を確認していた。
伊織は証拠を抱え直し、碧は路地の出口を見ている。
ほんのわずかだけ、ふたりきりみたいな隙間が生まれる。

要が私を見下ろした。

「さっきの続き、聞くか」

「……何の」

「月影を作った理由」

鼓動が跳ねる。
逃げたいのに、知りたい。
その気持ちはもうごまかせなかった。

小さくうなずくと、要は少しだけ目を伏せた。

「俺の家は、表ではきれいな顔をしてる。でも裏では昔から金も人も動かしてた」

夜風の中で落ちる声は、いつもより少しだけ低い。

「俺はガキの頃からそれを見てた。見ないふりしてる大人も、従うしかないやつらも、全部」

「……」

「兄貴はいなかった。止めるやつも、逆らうやつも。だから俺が壊すしかなかった」

その言葉に、私は息をのむ。
要が今みたいな要になるまで、どれだけ一人だったんだろう。

「月影は最初からそのための居場所だった。表じゃ触れられない闇を、こっち側から崩すための」

だからただのチームじゃなかった。
だから幹部たちも、要のそばでここまで本気なのだ。

「……一人で背負いすぎ」

思わずこぼれた言葉に、要が少しだけ目を細める。

「今は一人じゃなくしたいと思ってる」

「え……」

「おまえを巻き込みたくなかった。でももう無理だ」

そのまま要の指が、私の手に触れる。
さっきまで逃がさないための力だったのに、今は確かめるみたいに静かだった。
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