ラッセルの丘で
憧くんにステイ先に来ないかと誘われた翌日、登校前にホストマザーのWinには、友達の家に夕食に招かれてるから夜は遅くなる、と言っておく。鍵をもらっているから、門限らしい門限は基本的にない。外泊するときはちゃんと事前に教えてね、と初めに言われたぐらいだ。
 何か察しているらしいWinは、意味ありげに微笑んだ。
「Why don't you invite "him" to dinner here as well sometime?」
 夕食ならここにもそのうち連れてきたらいいじゃないの、《《彼》》を。
 友達、と言っただけなのにhimに変換されるのは、つまり相手が誰かをWinはちゃんと特定しているわけだ。
「Well, I'll ask him when it will be convenient to him」
 いつ都合がいいか訊いとくわ、とひとまず答えて朝食を終え、学校へ向かった。

 その日はこの前書いたエッセイを返却されて、全体への講評のあとそれぞれへの感想を順番に先生が述べていった。
 お題は自国の昔話で、私は『キジも鳴かずば』を紹介した。長野県に伝わる民話で、テレビの子供向け昔話アニメで放送されたこともある有名なお話だ。
 川のほとりにある小さな村が舞台だ。秋に毎年のようにその川は氾濫を起こし、村人たちの悩みの種になっている。
 この村に、ある貧しい親子が住んでいる。母親は洪水ですでに亡くなり、父と娘の二人家族。ある日、娘の千代は熱を出して寝こみ、うわごとのように「あずきまんまが食べたい」と繰り返す。今でいうお赤飯のようなものだろう。貧しい父親には、到底そんな金はない。医者さえ呼べずに日に日に弱っていく千代の姿に心を痛めた父親は、とうとうある晩、地主の蔵に忍び込み、米と小豆を盗んで娘の願いを叶えてやった。幸い、数日で千代はすっかり回復し、外で毬をついて遊べるまでに元気になった。
 そして、父親が畑に出ていたある日、千代は「おっとうが小豆まんまを作って食べさせてくれた」と無邪気に手毬唄を歌ってしまう。そして、実はこの歌を聞いていた村人がいた。
 これがもとで、父親の盗みは露見。折しも、再び川の氾濫が懸念される大雨に見舞われていて、罪人を選んで人柱にしようという話が持ち上がり、役人に引っ立てられたこの父親が、人柱として川のほとりに埋められてしまった。
 千代は何日も何日も泣き暮らし、とうとう口を一切きかなくなってしまう。
 それから何年もたち、ある猟師が雉の鳴く声を聞いて鉄砲で撃ち落とす。雉が落ちた場所へ向かうと、年頃の娘に成長した千代が雉を抱いて立っていた。
「雉よ、お前も鳴いたりしなければ撃たれなかっただろう」
 自分が手毬唄を歌ったばかりに父親が人柱にされてしまったことを、この撃たれた雉に重ね、千代はそう呟いて去っていく。
 それから、千代の姿を見た者は、誰もいない。
 ――というお話が、はたして英語でうまく伝わったのか、私はひどく心配していたのだけれど、返却されたエッセイはA++の評価がついていた。当然、語彙の選択や文法に関するミスは何カ所かあって結構赤が入ってはいたものの、Excellent! Really touching story!(素晴らしい。本当に琴線に触れるようなお話ね)とコメントが付いていた。
「Everyone did very well as usual, but if I have to choose the best one, it would be Yui's」
 みんないつも通りとても良くできていたけど、一つ一番を選ばないといけないなら、優依のだわ。
 え、嘘、と耳を疑った。
 周りから拍手されて困惑していると、先生はさらにこんなことまで言い出した。
 Tea breakのあとの2時間目で、Upper-intermediateのクラスで同じお題を課題に出す予定だから、優依はあっちの教室に行ってお手本にエッセイを読んで聞かせてあげてちょうだい、と。
 嘘でしょ、と頭を抱えたくなった。
 よりにもよって憧くんや誠二くんにノビー、浩美ちゃんに綾乃ちゃんまでいるクラスだ。しかも、誠二くんとはちょっと気まずいし、正直顔を合わせたくない。とはいえ仕方がない。
 Tea breakの時間に憧くんに事情を話すと、妙に感心されてしまった。
「やっぱ優依はすごいな……」
「ただのやばい女じゃない、ってまた見直した?」
「……っていうか、英語に関してはちゃんと尊敬してるよ」
 珍しく素直に褒めてきたな、と思っていたら、ふっと憧くんはやけに嬉しそうに微笑んだ。
「優依と授業で一緒になることは絶対ないからさ、たとえ冒頭の10分とはいえ、結構嬉しい」
 なんだか少しだけドキッとした。
 こういう一面を見せられると、なんだか困惑してしまう。私たちって、ただ身体だけで結びついてる関係じゃないのかな、と誤解してしまいそうになる。
 そういうややこしい感情は抜きで、欲望に忠実に、正直に従った結果の産物だったし、そちらに関しては怖いくらいに相性がばっちりで言うことなしだから、ただそれだけでよかったはずでしょ、と。
「今日はさ、正直、授業より、家帰ってからのことしか考えてなかったんだけど、オレ」
 つまり、ホストファミリーが留守の家に私を連れ込んで、あれこれやりまくりたい、ということだ。
 ぽろりと本音を吐露されて、呆れながらもほっとする。そうそう、それでこそ憧くんだよ、と。
「でも、次の時間、楽しみになってきた。優依のエッセイの朗読聞くのもだけどさ、そのお題で書くのも、なんとなくやる気になるね」
「……珍しく真面目?」
「いや、オレこう見えて英語の勉強はちゃんとやってるよ? 優依を見習おうとはしてる」
「確かに。ただでさえなんか……若干《《おかしなこと》》になってるんだからさ、勉強はなおさらちゃんとやらないと。留学中の身だし」
「そりゃそうだ。やるべきことやって、《《やりたいこと》》を思う存分やりまくるか」
 やけに晴れやかに言われてため息を吐きたくなったものの、実は私も今夜がまあ、楽しみではあるのだった。
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