ラッセルの丘で
午前の2時間目に、言われた通りUpper-intermediateの教室へ行って、さっき返却された自分のエッセイ『Poor pheasant―—without your cries』を朗読した。
 先生からチェックの入っていた箇所を修正しながら、そして耳だけで理解するにはちょっと難しいだろうという語彙は、その場で簡単なものに入れ替えながら、なるべくゆっくり読んだ。
 マルティーノやギューベンあたりは、途中ちょっと難しいみたいで困惑しているようだったけれど、元ネタをある程度は知っている日本人はもちろん、マヌエル、ブリジッタ兄妹あたりはちゃんと興味深げに聴いてくれていてほっとした。
 憧くんは、二人きりの時には見せないずいぶん真剣な目でじっとこちらを見ていて、なんだかドキドキしてしまった。

 ランチを挟んで午後の授業はルーティーン通りにすすみ、放課後になった。玄関のところで待っていてくれた憧くんと並んで学校を出ようとしたところで、誠二くんが呼び留めてきた。
「優依ちゃん……ちょっといいかな?」
「え。あ……うん」
 憧くんを窺うと「オレ、Popeanaに行ってるわ」とすぐにその場を去っていった。
 誠二くんはなんでもない風を明らかに装いながら、尋ねてくる。
「お菓子買うの?」
「あ、うん。憧くんのステイ先で夕飯ごちそうになるの、今日。手土産にケーキか何かでも、と思って」
「そっか……あ、じゃ、手短に済ますよ」
 さり気なく中庭寄りのあまりひとのいないところへ誘導してから、誠二くんは切り出した。
「この前は、ごめん」
「あ……ううん」
 私は首を振って目を伏せた。
「私の方こそ、なんか最低なことばかり言ったりしたりして……誠二くんがむかつくのも無理はないよね」
「いや……半分以上、俺の焼きもちみたいなもんだし、優依ちゃんにとっては甚だ迷惑な話だろうから、ちゃんと謝らなきゃ、ってずっと思ってた」
 焼きもち?
 ああ、そういうこと、とちょっと困惑してしまう。
 誠二くんがなんとなく好意を向けてくれているのはわかっていたけれど、まあ、よくあることか、なんて気づかないふりをしてやり過ごしていた。
「優依ちゃんのこと、憧にとられた、みたいにどこかで逆恨みしてたとこもあってさ。まあ、被害妄想もたいがいにしろ、って話だね。それに、憧は優依ちゃんのこと、ちゃんと好きなんだろうし……」
 それは、ちょっと違うと思いながらも、黙っていた。「ちゃんと好き」なわけではないはずだ。私が「ちゃんと好き」とはっきり言えないのと同じように。
 だから誠二くんにこう言ったのだ。そんなに簡単じゃない、と。
「簡単に彼氏は裏切るのに、っていうの、ぐっさり刺された気分で堪えたよ……でも、誠二くんの言う通りだね」
「ごめん。ほんとに言い過ぎた」
 誠二くんは再び謝って、すまなそうな顔をする。
「優依ちゃんにどんな事情があるのか、誰にもわかんないのにさ、勝手に想像して責めたり傷つけたりして、サイテーだった」
「……ううん。サイテーなのは私だから。ほんと、気にしないで」
 こうしているのがだんだん辛くなってきたから、もう話を切り上げてしまいたかった。
 そろそろ行くね、と言うと、誠二くんは思い出したように口を開いた。
「さっきのエッセイ、すごく上手だったよ。さすがだな、ってホントに感心した……優依ちゃんは、やっぱすごいや」

 Popeanaでチェリーパイを買って、5時前に憧くんのステイ先へと向かった。
「誠二と何話したのさ?」
「ちょっと気まずくなっててね、実は。仲直りしただけ」
 憧くんはわりと驚いた様子だった。
「あいつ、謝ってきたの?」
「ん、まあそう、かな。でも、私もたいがいひどいことしてるから、何言われてもしかたがないっていうか」
「誠二は、優依のこと気に入ってるから。オレのことも近頃なんとなく避けてる節があるし」
 なんでもなさそうに言うけど、いいのかな。二人は結構仲が良かったはずだ。
「さすがに、お前と何してるかなんて具体的に言えないけどさ。うすうす感づいてるだろ、雰囲気的に」
「旅行、憧くんと一緒に行くの、って直球で訊かれたよ、ちょっと前に」
「あはは……誠二らしい率直さ」
 ま、時間が解決するだろ、と呟きながら憧くんは私の手を握ってくる。
「かわいい新入生が入ってきたら、また大騒ぎし始めるよ」
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