ラッセルの丘で
 旅行から帰った翌日、さすがに疲れて朝9時ごろまで惰眠を貪っていると、夜勤明けで帰宅してきたばかりのケイティーに「You've got a call」と叩き起こされた。
 Thanks、とドアを開けると、コードレスの受話器を渡されて「From your lovely girlfriend」と楽しそうに言われて軽く驚いた。優依がわざわざ電話をかけてくるのは珍しい。
「もしもし?」
「あ、おはよ、憧くん。ごめんね、朝早くから」
「いや、いいよ、もう9時だし。どうした?」
「あのねー、私、今月いっぱいでここ出なきゃいけなくなっちゃった」
 困ったような優依の声で一気に目が覚めた。
「は? どういうことだ? なんかトラブったのか?」
「ん-ん、そうじゃなくて。ここにさ、別の日本人が来るんだって」
 なるほど、前のノビーと同じ目に今度は優依が遭うというわけか。ずいぶん急だな、と思っていたら、つまりはこういうことだ。
 その日本人を受け入れるはずだったホストファミリーが急遽、事情で不可能になって、運悪く優依のステイ先にお鉢が回ってきた。優依はかれこれ4カ月目になるし、新入生に譲ってあげてくれ、ということらしい。
 複数の留学生が一つのステイ先に住む、というのは問題ないのだが、同じ国籍同士だとダメ、というルールは厳守なのだった。
「学校には言った?」
「うん。でも、新しいステイ先、紹介するのは難しいって言われちゃって、じゃあ、寮にしようかと思ったんだけど、寮も空きがないらしいの」
「まじか……となると、部屋探すのか?」
「そうなるね。ルームシェアもありかな、と思ったんだけど。新聞とかで募集してるでしょ?」
 そもそもロンドンは家賃が高いから、友人同士はもちろん、全くの他人同士でもルームシェアというのは珍しくない。新聞広告なんかで募集する人もわりと多いのだった。普通は同性だが、異性同士で、というのもないわけじゃない。そのまま恋人になる、なんてパターンも当然出てくる。
「リスク大きいぞ、やめとけって。変な奴だったらどうすんだよ?」
「ん-、まあ、確かに。聞いた? イラのこと」
「ん? ああ、ノビーの彼女の?」
「うん。あのコ、バイセクシャルなんだって。で、ルームシェアしてる女の子ともデキてるらしいって、噂」
「……地獄みたいな話だな。ノビーは知ってるのか?」
「さあ? 怖くて、とても言えないよね。というか、彼氏的に、それってどうなんだろ? ねえ、憧くんだったらどうする?」
「……オレ、起きたばっかなの。そんなややこしいこと、考えたくもない」
 思わずため息が零れる。
「なあ、話戻すけどさ。部屋探ししなきゃいけない、ってことだよな?」
「んー、そうなるね。ああ、もう。せっかく今日はがっつり勉強しようと思ったのに……」
 旅行から帰って早々勉強かよ、といつもながらに頭が下がる。さすがだ。
「でも、早くしないと、ホームレスになっちゃうからね。ね、憧くん、午前だけでもいいから、ちょっとつきあってくれない? 不動産屋さんめぐり」
「オッケ。優依一人で行くより、オレなんかでもいた方が侮られなくていいかもな。いや、英語の心配はないんだけど、もちろん、お前は」
「助かる! ありがと。お昼おごるから」
「やった。ラ・ポルケッタでパスタ食いたい」
「かしこまりました。じゃ、10時にそっち行っていい?」
「了解。準備しとくよ」
 電話を切って、再びふう、とため息が零れる。
 優依が、一人暮らし……?
 まじか。ここに来て、急展開だ。
 よからぬ皮算用――というか、ありていに言えば、いつでも二人きりになれる場所ができてしまう、と当然のごとく考えてしまう。
 優依がどう思っているのかは、今一つわからないけれど、わざわざオレに電話をかけてきてくれたこと自体は、すごく嬉しかった。
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