王子様になりたい ~王子様の恋愛指南~

第14話

「——そうなんです。私たちは付き合っているんですよ」
 ざわついた空気に切り込んだ柔らかな声。
 目の前に現れたのは、齋藤慎司。噂の張本人だった。
「やっぱり!昨日のデートは本当だったんだね」
「そうなんですよ。だから、藤島さんと二人きりになってもいいですか」
「ええ。ぜひ、話してらっしゃい」
 慎司さんの嘘に、加藤先輩は手を合わせて喜んでいる。
 着々と進んでいく二人のやり取りを前に、私は放心していた。
「さぁ、いくよ明花」
 そう私に耳打ちした瞬間、慎司さんに手を引っ張られた。
 周りの視線が痛いほど刺さる中、そのまま二人で集団を抜けていく。
 そうして駆けているうちに、誰もいない空きスペースへ到着した。
 賑やかな空間が一変、静寂が場を支配する。
「……すまない。ああ言わないと、明花が困ってしまうと思って」
 先に口を開いたのは、慎司さんだった。重々しい口調で、深々と頭を下げる。
「あ、いえ……助けていただいてありがとうございます」
 慎司さんが現れた瞬間、ほっとした。
 苦しい状態から抜け出せたのは、彼が連れ出してくれたからだ。
「まるで本当の王子様みたいでした」
「王子様、か……」
 きっと、これも慎司さんの優しさ。恋愛を教えてくれる王子様としての行動だ。
 そこに他意なんてない。
 そう思い込もうとしても私は——「付き合っている」という言葉に舞い上がってしまった。
「私のせいで、恋人だと誤解されてしまって申し訳ありません。だけど……」
「だけど」という言葉に、慎司さんは息を呑んだ。
 もう、周りに真実を伝えるのは難しい。
 このまま誤解されているのはよくない。
 そう頭では理解しているのに、どうしても喜びの感情が勝ってしまう。
 まだ、彼との関係を終わらせたくない。
 それほど——私は、慎司さんのことが好きなんだ。
 両手を強く握りしめ、震えそうになる身体をどうにか支えた。
「……私は、まだ慎司さんのわがままを叶えていません」
『私の最後のわがまま。——また、デートしてほしいな』
 頭の中で、彼の願った最後のわがままを反芻する。
「どうか、叶えさせていただけませんか」
 祈るような思いで、手を差し出す。
 不安から目をきつく閉じれば、心臓の音が鮮明に聞こえた。
 どれほどの時間が経ったのだろうか。
「明花、私を見て」
 お互いの呼吸音だけが聞こえる中、慎司さんが静かに名前を呼んだ。
 言われるがまま目を開けると、真剣な眼差しがこちらを射抜いていた。
 いつもの余裕なんて全く感じられない表情。
 初めて彼の手を取った時に感じたものと同じ。
 目の前にいるのは「同期」でも「完璧な王子様」でもなく——一人の男性。 
「好きだよ」
 おもむろに、しなやかな指先が私の手を引いた。
 そして——彼に抱きしめられた。
 優しいハーブの香りが、昨日のデートを鮮明に思い起こさせる。
「あなたの、王子様になりたい」
 少しだけ掠れた声に、どこか熱を帯びた表情。
 彼の仕草の一つひとつに、今まで感じたことのない色気を感じた。
「一日だけではなく……ずっと私の恋人でいてほしい」
 胸が熱くてたまらない。彼に抱きしめられた身体が、電流が流れたように痺れている。
 こんなに素敵な感情、今まで知らなかった。
 全部、私の王子様が教えてくれたんだ。
「はい。私も慎司さんが好きです。……あなたの恋人でいさせてください」
 慎司さんの胸に顔を埋めるようにして、私も強く抱きしめたのだった。
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