追放聖女の帰還
 王都に戻ったアズレイトは医師団にサーシャを託すと、すぐさま自室に飛び込んだ。

 旅服を脱ぎ捨て、催事用のものではなく本気で戦うための鎧を身に着ける。

 最後にガントレットとはめようとしたアズレイトだが、一旦それをテーブルに置いた。鏡に映った自分の姿が、あまりに戦闘向きではなかったからだ。

 視線を長剣から短剣に移したアズレイトは、それを手に取ると長い髪をばっさりと切り落とした。

 熾烈な戦いになるのは確実だ。長髪でいたのは、その方が女受けが良かったから。でも魔界に行く自分には、邪魔でしかない。

「あ……しまった。サーシャさまに、短髪は嫌いかどうか聞くのを忘れてしまった」 

 切り落としたばかりの髪の束を目の前に掲げながら、アズレイトは舌打ちした。

 目を覚ました彼女から、髪型ひとつで嫌われるなんて冗談じゃない。

 しかし、勢いで切ってしまった髪は元には戻らない。最悪、嫌いと言われたなら魔道士を脅して、くっつけてもらおう。それぐらいの魔法は、彼らなら朝飯前のはずだ。

 などということをつらつらと考えながら、アズレイトはチェストの引き出しに自分の髪をしまった。ついでに、別の引き出しにある使えそうなポーションを腰の革袋に入れておく。

 全ての準備を終えたアズレイトは、壁に立て掛けてあった剣を手にして背筋を伸ばした。

 そして、そのまま部屋を出ようとしたその時、ノックもなくガチャリと扉が開いた。

「おやまあ、ずいぶんスッキリとしたな。馬鹿みたいに伸ばしていた髪が短くなっただけで随分と印象が変わる。ふむ、悪くない。じゃが、グレスロードに比べたらまだまだ足りんな。特に渋さと大人の余裕的なオーラが。青臭さが全面に出ておる。お主もそろそろ、顔だけを頼りにせず……まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも、わらわに何か言うことはないのか?」

 色々ツッコミを入れたくなるようなことを一気にまくしたてたエカテリーナに対し、アズレイトは首をかしげる。

 エカテリーナには悪いが、特に言うことはない。

 サーシャが余命幾ばくもないことを知ってすぐに、魔法玉を使ってエカテリーナに救う手立てはないのかと助言を乞うたけれど、すでに礼は言ってある。

 その時、そんな大事なことをどうして黙っていたのだとさんざん愚痴って、詰ったりもしたけれど、これも謝罪済みだ。

 だから本当に言うことはない。

 ただエカテリーナがわざわざ言葉を要求するということは、言ってほしい何かがあるのだろう。

(……わからない)

 アズレイトは、更に首の角度を深くした。そうすれば、エカテリーナは呆れきった表情で肩をすくめた。

「“行ってきます”じゃろ?」
「……あ」

 間抜けな声を上げたアズレイトは、しばらく固まってしまった。

 もうずっと、エカテリーナとは親子として接してはいなかったので、その言葉はまったく思い浮かばなかった。

 そんなアズレイトを見て、エカテリーナはため息を吐く。

「生きて戻る気がないのか?」
「まさか」

 即座に首を横に振ったアズレイトに、エカテリーナはニヤリと片方の口の端だけ持ち上げて、自分のドレスの胸元に押し込んであるモノを取り出した。

「ちと早いが、わらわからの結婚祝いじゃ。受け取れ」

 無造作に放り投げられたそれを、アズレイトは両手で受け止める。

 手のひらに収まったそれは、ぶどう色の石が付いた鍵だった。サーシャの髪の色によく似ている。

「こ、これは?」
「初代の聖女の魂の欠片じゃ。因縁の魔王と対峙するとなれば、そなたの手助けをしてくれるじゃろう。多分」
「っ……?!」

 なんか雑に渡されたそれは、国宝どころではない。

「よ、よろしいのですか!?」

 ぎょっと目を剥くアズレイトに、エカテリーナは笑みを深くしてこう言った。

「もちろんだ。それに今使わずして、いつ使う?これは使ってこそ価値があるものじゃ。そういうわけで、気を付けて行って来い。どんな時でも生きることを諦めてはならぬぞ。死ねばあの世でサーシャに会えるなどと思うても、あれは、お主が生きて戻らなくても、わらわの持てる全てを使って生き返らせてやる。何年……いや、何十年経とうとも。だからもしそんなことを思っているなら、その考えは今すぐ捨てろ。片腹痛いわ。それと……最後に……まぁ、あれだ。初代の聖女もイケメン好きであることを祈っておくぞ」

 最終的にトンチンカンな言葉で締めくくった母親を見て、アズレイトは自分の母親はもしかして相当不器用な人間なのかもしれないと思った。

 ただそれを口にすることはせず、居住まいを正して「行ってきます」と言う。

 そうすればエカテリーナは、満足そうに頷き部屋を後にした。

 アズレイトも後に続いて廊下に出たが、すぐに足がピタリと止まってしまった。

「お、お前たち……ここで何を……?」

 中途半端なところで言葉を止めてしまったアズレイトは、それ以上口を開くことができなかった。

 なぜなら廊下には開いたままの扉の前には、自分の部下である騎士たちがいたから。皆、揃いの甲冑姿で、死地に赴くことを覚悟している表情を浮かべている。

「駄目だ、絶対に許さない」

 自分の命の保証すらできないというのに、彼らを連れていけるわけがない。

 厳しい表情を浮かべたアズレイトを目にしても、騎士たちはまったく動じない。

「休暇届は、女王陛下に受理していただきました。だから命令は受けることはできません。わたくしたちは、今からちょっくら魔界までバカンスをしに行くだけでございます」
 
 そんなことを言われたら、アズレイトが返せる言葉は一つだけだった。

「好きにしろ」

 吐き捨てるように呟いた言葉をしっかりと拾い上げた騎士達は、深々と礼を執りアズレイトの後ろを歩き始めた。
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