追放聖女の帰還
サーシャを抱きしめたアズレイトは、すぐに片手をついてベッドから身体を起こした。
「も、申し訳ございません。サーシャさま、苦しくはなかったですか?」
「ぜんぜん平気。ねぇ……アズ、もう離れちゃうの?」
甘えた声を出すサーシャを、アズレイトが拒めるわけがない。
今度は慎重に、優しく、ベッドに横たわるサーシャを抱きしめた。
「あなたが目を覚ましてくれて良かった」
「……うん」
「サーシャさま」
「なぁに?」
「もうわたくしを置いて、どこにもいかないでください」
「うん」
サーシャが頷いた途端、アズレイトはサーシャの肩に顔をうずめた。
シーツ越しに、アズレイトの身体が小刻みに震えていることが伝わってくる。
「あなたが目を覚ますまで……一年半かかりました。その間、わたくしは……とても怖かったんです。このままサーシャさまがコトリと……し、死んでしまうんじゃないかって。本当に……とってもとっても怖かったんです。不思議です……魔界にいた時より、戻って来てからの方がずっと怖かったんです」
アズレイトはサーシャを抱きしめながら、うわ言のように途切れ途切れに言葉を紡ぐ。か細く、今にも泣きそうな声で。
「アズ、いっぱい待たせちゃってごめんなさい。実はね……私、昔っから寝起きが悪いんです」
──死んだ母親に叩き起こされるくらいに。
最後の一文は声に出さなかったが、天国にいるはずの母親が起こしに来てくれるくらい、この人は限界を迎えていたのだろう。本当に悪いことをした。
サーシャが心の底から謝罪をすれば、すぐにくすりと笑い声が肩口から聞こえた。
「一緒にいる間、サーシャさまのことを一生懸命観察して、色んなことを知ったつもりでしたが、まだまだ足りなかったんですね。精進します。でも今回、あなたの新しい一面を知ることができたので、良しとしましょう」
さっきまで、雷に怯える子犬のように震えていた彼はどこへやら。アズレイトは、ほんの少し顔を持ち上げて笑った。恐ろしいほどのポジティブ思考だ。
けれどアズレイトは、すぐに眉をへにょりと下げてこんな質問をする。
「サーシャさま……これからは、寝起きの悪いあなたのことを起こして差し上げたいと思っています。ですが……わたくしはこんな醜い顔になってしまいました。ですからサーシャさま、はっきり言ってください。唯一の取り柄を失ったわたくしは、あなたの側にいては駄目でしょうか?」
アズレイトの質問はあまりにも愚かすぎて、サーシャは半目になってしまった。
この男の顔に傷があろうが、色素が薄くなろうが、そんなものは些末なことだ。この程度で彼の美しさが霞むことなどない。
「私はアズさんが好きなんです。アズさんが傍にいてくれたら、それでいいんです」
身分の差に関係なく、公平に接することができるアズレイトが好きだ。
運命を変える強さを持つアズレイトが好きだ。
拒絶されることを恐れず、踏み込んでくれたアズレイトが好きだ。
未来を夢見ることを諦めてしまった自分に、もう一度未来をくれた彼のことを、サーシャは心から愛している。
サーシャは、それをアズレイトに言葉で伝える。一言一言伝えるたびに、アズレイトの顔がくしゃりと歪んでいく。
「あなたから、そんな言葉をもらえるなんて……夢にも思っていなかったです」
泣き笑いの表情を浮かべるアズレイトは、今まで見てきた中で一番惚れ惚れする顔をしていた。
「私も、またアズとこうしてお話ができるなんて夢みたい」
「夢ではないですよ、サーシャさま。これは現実です」
キリッとした顔で告げたアズレイトは、サーシャの頬に手を添えて顔を近づける。
あの日──花火に見守られながら交わした口づけのやり直しをするのだと気づいたサーシャは、そっと目を閉じた。
しかし間の悪いことに、二人の唇が触れ合おうとしたその時、ノックもなしにガチャリと扉が開いた。
「ああ、サーシャ起きたのか。随分と寝坊助だったな」
濃密な空気が充満する中、まったく意に介さずにそんなことを言い放ったのは、この国の女王エカテリーナだった。
(み、見られた!?……見られた!!)
バチッとエカテリーナと目が合ったサーシャは、冷や汗をかいた。黄泉の国から帰還したばかりの身体で、必死にアズレイトから離れようとする。
けれど、そんなふうにアタフタとしているのはサーシャだけだった。
「母上、入室するタイミングが早過ぎます。空気を読んで下さい」
「これはすまなかったな。まぁ気にせず続けよ」
「もちろん、そうさせていただきます」
首だけ捻ってエカテリーナに不満をぶつけたアズレイトは、再びサーシャに視線を戻す。彼の瞳は熱を帯びていて、本気でさっきの続きをするようだ。
「ちょっと、ちょっと待って!!」
サーシャが悲鳴に近い声を上げれば、アズレイトからはムッとした視線を向けられるし、エカテリーナは「おぼこいな」と呆れ笑いをする。
(なんなの、この親子は!?)
多分、100人がこのやり取りを見たら、間違いなくサーシャが一番常識人だと判断してくれるだろう。
しかしエカテリーナは楽し気に傍観してるし、アズレイトは一向にサーシャから離れる気配がない。
「アズ、とりあえずどいてください……!お、重いですよ……さすがに!え?……ん??」
なぜかもっと体重を掛けてくるアズレイトに抗議の声をあげたサーシャだが、だがアズレイトは、ピクリともしない。
ただそれは、彼が意固地になっていたわけではなくて──
「ね、寝て……る?!」
信じられないことにアズレイトは、サーシャを抱きしめたまま寝息を立てていたのだ。
「も、申し訳ございません。サーシャさま、苦しくはなかったですか?」
「ぜんぜん平気。ねぇ……アズ、もう離れちゃうの?」
甘えた声を出すサーシャを、アズレイトが拒めるわけがない。
今度は慎重に、優しく、ベッドに横たわるサーシャを抱きしめた。
「あなたが目を覚ましてくれて良かった」
「……うん」
「サーシャさま」
「なぁに?」
「もうわたくしを置いて、どこにもいかないでください」
「うん」
サーシャが頷いた途端、アズレイトはサーシャの肩に顔をうずめた。
シーツ越しに、アズレイトの身体が小刻みに震えていることが伝わってくる。
「あなたが目を覚ますまで……一年半かかりました。その間、わたくしは……とても怖かったんです。このままサーシャさまがコトリと……し、死んでしまうんじゃないかって。本当に……とってもとっても怖かったんです。不思議です……魔界にいた時より、戻って来てからの方がずっと怖かったんです」
アズレイトはサーシャを抱きしめながら、うわ言のように途切れ途切れに言葉を紡ぐ。か細く、今にも泣きそうな声で。
「アズ、いっぱい待たせちゃってごめんなさい。実はね……私、昔っから寝起きが悪いんです」
──死んだ母親に叩き起こされるくらいに。
最後の一文は声に出さなかったが、天国にいるはずの母親が起こしに来てくれるくらい、この人は限界を迎えていたのだろう。本当に悪いことをした。
サーシャが心の底から謝罪をすれば、すぐにくすりと笑い声が肩口から聞こえた。
「一緒にいる間、サーシャさまのことを一生懸命観察して、色んなことを知ったつもりでしたが、まだまだ足りなかったんですね。精進します。でも今回、あなたの新しい一面を知ることができたので、良しとしましょう」
さっきまで、雷に怯える子犬のように震えていた彼はどこへやら。アズレイトは、ほんの少し顔を持ち上げて笑った。恐ろしいほどのポジティブ思考だ。
けれどアズレイトは、すぐに眉をへにょりと下げてこんな質問をする。
「サーシャさま……これからは、寝起きの悪いあなたのことを起こして差し上げたいと思っています。ですが……わたくしはこんな醜い顔になってしまいました。ですからサーシャさま、はっきり言ってください。唯一の取り柄を失ったわたくしは、あなたの側にいては駄目でしょうか?」
アズレイトの質問はあまりにも愚かすぎて、サーシャは半目になってしまった。
この男の顔に傷があろうが、色素が薄くなろうが、そんなものは些末なことだ。この程度で彼の美しさが霞むことなどない。
「私はアズさんが好きなんです。アズさんが傍にいてくれたら、それでいいんです」
身分の差に関係なく、公平に接することができるアズレイトが好きだ。
運命を変える強さを持つアズレイトが好きだ。
拒絶されることを恐れず、踏み込んでくれたアズレイトが好きだ。
未来を夢見ることを諦めてしまった自分に、もう一度未来をくれた彼のことを、サーシャは心から愛している。
サーシャは、それをアズレイトに言葉で伝える。一言一言伝えるたびに、アズレイトの顔がくしゃりと歪んでいく。
「あなたから、そんな言葉をもらえるなんて……夢にも思っていなかったです」
泣き笑いの表情を浮かべるアズレイトは、今まで見てきた中で一番惚れ惚れする顔をしていた。
「私も、またアズとこうしてお話ができるなんて夢みたい」
「夢ではないですよ、サーシャさま。これは現実です」
キリッとした顔で告げたアズレイトは、サーシャの頬に手を添えて顔を近づける。
あの日──花火に見守られながら交わした口づけのやり直しをするのだと気づいたサーシャは、そっと目を閉じた。
しかし間の悪いことに、二人の唇が触れ合おうとしたその時、ノックもなしにガチャリと扉が開いた。
「ああ、サーシャ起きたのか。随分と寝坊助だったな」
濃密な空気が充満する中、まったく意に介さずにそんなことを言い放ったのは、この国の女王エカテリーナだった。
(み、見られた!?……見られた!!)
バチッとエカテリーナと目が合ったサーシャは、冷や汗をかいた。黄泉の国から帰還したばかりの身体で、必死にアズレイトから離れようとする。
けれど、そんなふうにアタフタとしているのはサーシャだけだった。
「母上、入室するタイミングが早過ぎます。空気を読んで下さい」
「これはすまなかったな。まぁ気にせず続けよ」
「もちろん、そうさせていただきます」
首だけ捻ってエカテリーナに不満をぶつけたアズレイトは、再びサーシャに視線を戻す。彼の瞳は熱を帯びていて、本気でさっきの続きをするようだ。
「ちょっと、ちょっと待って!!」
サーシャが悲鳴に近い声を上げれば、アズレイトからはムッとした視線を向けられるし、エカテリーナは「おぼこいな」と呆れ笑いをする。
(なんなの、この親子は!?)
多分、100人がこのやり取りを見たら、間違いなくサーシャが一番常識人だと判断してくれるだろう。
しかしエカテリーナは楽し気に傍観してるし、アズレイトは一向にサーシャから離れる気配がない。
「アズ、とりあえずどいてください……!お、重いですよ……さすがに!え?……ん??」
なぜかもっと体重を掛けてくるアズレイトに抗議の声をあげたサーシャだが、だがアズレイトは、ピクリともしない。
ただそれは、彼が意固地になっていたわけではなくて──
「ね、寝て……る?!」
信じられないことにアズレイトは、サーシャを抱きしめたまま寝息を立てていたのだ。