恋のメンテナンスは必要ですか?
「えっな、なんで?!」
彩の慌てる様子を横目で見ながらも杏菜はすぐに視線を前に戻す。
「叶わないと思ってる相手を見ながら仕事をするなんて私には無理なので。二ヶ月前に院長には言ってありますし、仕事も少しずつ減らしてました。元々、指名の人もそんな多いわけではないですし。」
「そんな……だからこの前院長に呼び出されて?」
「はい。」
杏菜とは仲が良かったわけではない、むしろ嫌われていたけれど彩は杏菜のことを嫌いにもなれなかった。
いつの間にか決まっていた杏菜の退職に言葉を失う。
「……普通もっと喜びませんか?自分勝手に嫌がらせを繰り返して、ロッカーに画鋲仕込んだ女ですよ」
自嘲気味に鼻を鳴らして笑う杏菜。
彩は彼女の苦しそうな姿に優しく声をかける。
「杏菜ちゃんとの思い出は悪いことばかりじゃないよ」
彩はポケットに入れていた小さなポーチから絆創膏を取り出した。
「それ……っ」
「昔、杏菜ちゃんがくれた絆創膏。お菓子のお礼にくれたやつ」
杏菜を泣かせてしまったあの日。
彼女にあげたメッセージの印刷された赤い箱のお菓子。
次の日、杏菜は恥ずかしそうに彩の好きなキャラクターの入った絆創膏の箱を手渡してきた。
——『……これ、彩先輩が好きなキャラですよね……たまたま見つけたのであ、あげます』
照れながら絆創膏の箱を差し出す彼女は本当に可愛らしくて。
「妹がいたらこんな感じなのかなーなんて思ってた」
「……彩先輩のそういうお人好しなところ、ロクでもない男に捕まる前に直した方がいいですよ」
「あはは……」
彩は痛いところを突かれ、顔を落ち込ませる。
杏菜はカルテを片付け終えると受付を立った。
「来年からは有給消化に入るので、その後はよろしくお願いします。」
杏菜は後ろを向いて離れる。その前に小さく何か言った。
「…………画鋲は、やりすぎました。……ごめんなさい。」
彩は素直な言葉に驚いて振り返る。
杏菜はもういなかった。